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「慣れる」とは、脳があきらめることではありません
脳梗塞になってから、
私はよく医師や療法士に言われました。
「少しずつ慣れていきましょう。」
最初は、その言葉がよく分かりませんでした。

耳は聞こえない。
左手は思うように動かない。
めまいも残っている。
壊れた機能が元に戻るわけではないのに、
何に慣れるというのでしょう。
「我慢してください。」
そう言われているようにも感じました。
でも、少しずつ時間が経って、
私はこの「慣れる」という言葉の意味が少し分かってきました。
慣れるとは「症状が消える」ことではない
脳の細胞が壊れてしまうと、
残念ながら元通りにならない部分があります。
私の場合も、
- 左上下肢の失調
- めまい
- 両耳の失聴
これらは完全には元へ戻りません。
だから、
「慣れる=治る」
ではありません。

脳は少しずつ新しい使い方を覚える
ここが一番大切なところです。
脳は、
壊れた部分をそのまま放置するわけではありません。
残っている神経回路を使いながら、
新しい方法を探そうとします。

例えば、
失調があれば
視覚をより使うようになります。
めまいがあれば
目や筋肉、関節から入る情報を利用して
身体の位置を判断しようとします。
聞こえなくなれば
表情や口の動き、文字、周囲の状況など、
耳以外の情報を使うようになります。
つまり、
脳は「別のルート」を探し始めるのです。

小脳も学習する臓器
小脳は、
運動を滑らかにするだけではありません。
「学習」を繰り返す場所でもあります。
最初はフラフラだった歩行も、
何百回、
何千回と繰り返すうちに、
身体は少しずつ効率の良い動きを覚えていきます。
これは、
筋力だけではなく、
脳が新しい動きを学習しているからです。

めまいも「慣れる」ことがある
めまいのリハビリでは、
わざと少し症状が出る動きを繰り返すことがあります。
これは、
脳が
「この刺激は危険ではない。」
と学習していくためです。
最初は強かっためまいも、
繰り返すことで反応が小さくなることがあります。
これを前庭代償といいます。
聞こえなくても、脳は学習する
私は今、
ほとんど音として言葉を理解できません。
それでも、
以前より
相手の口の動きや、
表情、
文章、
会話の流れから、
内容を推測する力は少しずつ育ってきました。
耳が治ったわけではありません。
でも、
脳の使い方は変わってきています。
これも、
「慣れる」の一つなのだと思います。
私が思う「慣れる」
私は、
「慣れる」とは
障害を忘れることではないと思います。
障害を受け入れて諦めることでもありません。
残された機能を使って、
新しい生活を少しずつ作っていくこと。

その積み重ねが、
医師の言う
「慣れていきましょう。」
という言葉の本当の意味なのではないかと、
今は感じています。

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