シリーズ言葉の意味3:「もうリハビリはいいです」の本当の意味を考えていますか?

シリーズ言葉の意味3:「もうリハビリはいいです」の本当の意味を考えていますか?

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シリーズ 患者さんの言葉の本当の意味を考えていますか その3回

「もうリハビリはいいです」の本当の意味を考えていますか?

「今日はもう、リハビリはいいです。」

患者さんからそう言われたとき、皆さんはどう受け止めるでしょうか。

「今日はやる気がないのかな」

「リハビリを拒否しているのかな」

そんなふうに感じることもあると思います。

もちろん、本当に今日は気分が乗らないだけかもしれません。

でも、その一言だけを聞いて「拒否」と判断してしまうのは、少しもったいない気がします。

なぜなら、

「もうリハビリはいいです」という言葉と、「リハビリをしたくない」という気持ちは、必ずしも同じではないからです。

「やりたくない」とは限らない

患者さんが、自分の状態や気持ちをいつも正確に言葉にできるとは限りません。

「もうリハビリはいいです」

という短い言葉の裏に、

「今日は痛みが強い」

「昨日頑張りすぎて疲れている」

「息苦しくて身体を動かすのがつらい」

「またできなかったら悲しい」

「転ぶのが怖い」

「家族の前では頑張っている姿を見せたい」

「今日は一人で静かに過ごしたい」

そんな気持ちが隠れていることもあります。

表に出てくる言葉は同じでも、その言葉が生まれた理由は一人ひとり違います。

だからこそ、

言葉そのものだけではなく、「なぜその言葉が出てきたのか」を考えることが大切です。

「拒否」ではなく、SOSだった

以前、毎日のように

「今日はいいです」

と言われる患者さんがいました。

何度声をかけても断られる。

そんな日が続くと、スタッフの側にも少しずつ、

「あの人はリハビリに消極的だから」

という雰囲気が生まれてきます。

ときには「拒否的」という言葉で、その患者さんについて語られることもあります。

ところが、ある日ゆっくり話を聞く時間がありました。

すると患者さんが、小さな声で話してくれました。

「リハビリが終わったあと、息が苦しくて、何時間も動けないんです」

そこで初めて分かりました。

患者さんは、リハビリそのものが嫌だったわけではありません。

リハビリの後にやってくる苦しさが怖かったのです。

私たちは「やりたくない」という意思表示だと思っていました。

でも患者さんにとっては、

「これ以上つらくなるのが怖い」

というSOSだったのかもしれません。

変えるべきだったのは「意欲」ではなく、リハビリの方法だった

理由が分かれば、こちらの対応も変わります。

運動量を少なくする。

途中で休憩を入れる。

その日の呼吸状態や疲労を確認しながら進める。

一度にたくさんやろうとせず、「今日はここまで」にする。

そうやって方法を変えていくと、患者さんの様子にも少しずつ変化が見られました。

そして、ある日。

患者さんの方から、

「今日は少し歩いてみます」

と言ってくれました。

患者さんの「意欲」が突然変わったわけではありません。

もともと問題だったのは意欲ではなく、苦痛だったのです。

「拒否的」という見方だけをしていたら、このことには気づけなかったかもしれません。

 

「なぜですか?」ではなく「何かありましたか?」

患者さんにリハビリを断られたとき、

「どうしてやらないんですか?」

と聞きたくなることがあります。

もちろん、理由を知ろうとすること自体は大切です。

でも、この聞き方は患者さんによっては、

「やらなければいけないのに、なぜやらないの?」

と責められているように感じることがあります。

そこで私は、

「何かありましたか?」

と聞くようにしています。

ほんの少し言葉を変えただけです。

それでも、患者さんが話し始めてくれることがあります。

「実は昨夜、ほとんど眠れなくて」

「今日は腰が痛いんです」

「朝からなんとなく気分が落ち込んでいて」

「昨日のリハビリが思ったよりきつくて」

こうした話が出てくれば、その日のリハビリを一緒に考えることができます。

その日に必要なリハビリは、一つではない

「今日は歩く予定だったから、歩かなければならない」

必ずしもそうではありません。

痛みが強ければ、歩く代わりに身体を軽く動かすだけでもいい。

疲労が強ければ、座ってできる運動に変えてもいい。

不安が強ければ、まず話を聞くことから始めてもいい。

場合によっては、しっかり休むことが必要な日もあります。

大切なのは、

予定していたメニューを実施したかどうかではなく、その日の患者さんに何が必要なのかを考えることです。

「今日はできなかった」

ではなく、

「今日は何ならできるだろう」

と考える。

そこにも、リハビリテーションの大切な役割があると思います。

 

リハビリを「すること」が目的ではない

理学療法士は、リハビリテーションを提供する専門職です。

だからこそ、予定していた訓練を実施したくなる気持ちはあります。

歩行練習をする。

筋力トレーニングをする。

起きる練習をする。

目標に向かって進めていくことは、もちろん大切です。

しかし、本当の目的は、

「今日も予定どおりリハビリを実施できた」という事実を作ることではありません。

患者さんが、その人らしい生活へ少しでも近づけるように支えることです。

そのためには、ときには立ち止まることも必要です。

「今日はいいです」

と言われたとき、

「拒否された」

で終わるのではなく、

「何か伝えたいことがあるのかもしれない」

と考えてみる。

その小さな違いが、その後の関わりを大きく変えることがあります。

 

「拒否的」という言葉には少し注意したい

臨床では、

「リハビリ拒否」

「拒否的」

という言葉を使うことがあります。

短い言葉なので、スタッフ間で情報を共有するときには便利です。

しかし、その言葉だけが一人歩きすると、

「この患者さんは、やる気がない人」

というイメージができてしまうことがあります。

一度そのイメージができると、私たちは無意識のうちに、その人の行動を「拒否」という枠の中で見てしまうかもしれません。

でも、その人にはその人なりの理由があります。

痛い。

苦しい。

怖い。

疲れた。

自信がない。

迷惑をかけたくない。

あるいは、うまく説明できない何かがある。

「拒否」という言葉で終わらせる前に、

「この人は、何から自分を守ろうとしているのだろう?」

と考えてみる。

そんな視点を持っていたいと思います。

おわりに――患者さんの言葉は「入り口」

患者さんの中には、助けを求めることが苦手な人もいます。

遠慮してしまう人もいます。

弱音を吐きたくない人もいます。

自分でも、なぜつらいのかうまく説明できない人もいます。

だから、本当の気持ちが別の言葉になって表れることがあります。

「もうリハビリはいいです」

その一言の向こう側には、

疲れ。

不安。

恐怖。

痛み。

そして、

「本当はできるようになりたい」という希望さえ隠れているかもしれません。

私たちが向き合うべきなのは、表に出てきた言葉だけではありません。

その言葉が、なぜ生まれたのか。

そこに目を向けることが、その人を理解する第一歩になるのではないでしょうか。

患者さんの言葉は、ゴールではありません。

その人の人生を理解するための「入り口」なのだと思います。

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