生まれつきの聾者と、中途失聴者。それぞれに必要な支援は異なる。

生まれつきの聾者と、中途失聴者。それぞれに必要な支援は異なる。

〈スポンサーリンク〉




生まれつきの聾者と、中途失聴者。それぞれに必要な支援は異なる

 

生まれつきの聾者と、中途失聴者。同じ「聞こえない」でも、困難さは少し違う

私は最近、両耳の聴力を失いました。

「聞こえないなら、生まれつきの聾者と同じでしょう。」

そう思われることがあります。

もちろん、聞こえないという事実は同じです。

でも、実際に生活してみると、困難さには少し違いがあることを実感しています。

生まれつきの聾者は、「聞こえない世界」が当たり前

生まれたときから聞こえない人は、

音のある生活を知りません。

その代わり、

手話や視線、

表情、

身体の動きなど、

視覚を中心としたコミュニケーションを自然に身につけていきます。

もちろん、社会には音声中心の場面が多く、不便や差別を経験することも少なくありません。

しかし、自分の世界の基準は最初から「聞こえないこと」です。

中途失聴者は、「聞こえていた世界」を失う

一方、私たちは違います。

昨日まで普通にできていたことが、

突然できなくなります。

電話。

テレビ。

店員さんとの何気ない会話。

職場での雑談。

家族との会話。

全部、一瞬で失われます。

身体は昨日と同じなのに、

社会とのつながり方だけが突然変わってしまうのです。

 

一番苦しいのは「前と比べてしまうこと」

中途失聴者は、

どうしても以前の自分と比べます。

「あの頃は普通に話せた。」

「あの音が好きだった。」

「仕事で困らなかった。」

その記憶があるからこそ、

喪失感はとても大きくなります。

でも、新しく学ぶ必要もある

聞こえなくなったからといって、

すぐに手話が使えるわけではありません。

読話も難しい。

筆談にも慣れていない。

音声認識アプリも知らない。

つまり、

「聞こえる世界」の住人でもなく、

「聞こえない世界」の住人にもまだなれていない。

その中間に立たされる期間があります。

私は、この時期がとても苦しいと感じています。

 

生まれつきの聾者から学ぶことは多い

だからこそ、

私は今、手話や指文字を学ぼうとしています。

聞こえない世界には、

長い年月をかけて築かれた文化があります。

その文化を知ることで、

少しずつ新しい生活が見えてくる気がしています。

「同じ難聴」と一括りにはできない

難聴と言っても、

生まれつきなのか、

途中で失ったのかで、

必要な支援は変わります。

だから私は、

「聞こえません。」

という一言だけではなく、

その人がどんな人生を歩いてきたのかまで知ろうとすることが、

本当の支援につながるのではないかと思っています。

 

おわりに

私もまだ、この新しい生活の途中にいます。

だからこそ断言できることがあります。

「聞こえない」という状態は同じでも、

歩んできた道が違えば、困りごとも違う。

その違いを知ることが、

お互いを理解する第一歩なのだと思います。

 

失聴者に役立ててほしいイラスト

私は入院中なので、実際社会に復帰した時に感じる困難さが十分に理解していません。

とりあえず、初対面の人に自分の障害について分かってもらいながら、必要な支援をしてもらいたいと考えて胃ます。

そこで、それに役立つであろうカードに用いるイラストを数枚描いてみました。

必要な方に届いていただけると、嬉しい限りです。

 

 

 

 

 

 

ありがとうございました。

 

ポチっとお願いします↓

 

〈スポンサーリンク〉