医療者が陥りやすい「共感の落とし穴」

医療者が陥りやすい「共感の落とし穴」

〈スポンサーリンク〉




医療者が陥りやすい「共感の落とし穴」

医療の世界では、よく「共感が大切」と言われます。

患者さんの気持ちに寄り添うこと。

不安や苦しさを理解しようとすること。

それは確かに、とても重要なことです。

しかし実際の医療現場を見ていると、

共感そのものが問題になる場面もあります。

共感が足りないことで起きる問題もあれば、

逆に、共感しすぎることで起きる問題もあるのです。

今日は、医療者が陥りやすい

「共感の落とし穴」について考えてみたいと思います。

 

共感と同情は違う

まず整理しておきたいのは、

共感(エンパシー)と同情(シンパシー)は違う

ということです。

共感とは

相手の立場に立って、その感情を理解しようとすること

一方、同情

相手をかわいそうだと思うこと

です。

似ているようで、この二つは少し違います。

共感は、相手と同じ高さに立とうとする姿勢です。

同情は、どこか上から見てしまうことがあります。

医療者が気をつけなければいけないのは、

共感しているつもりが、実は同情になっている場合です。

実際よくあります。

 

◼️ 感情に引き込まれてしまう

もう一つの落とし穴があります。

それは

患者さんの感情に引き込まれてしまうこと

です。

例えば、

  • 患者さんの不安が強い
  • 家族がとても悲しんでいる
  • 病状が厳しい

こういう場面では、医療者も心を動かされます。

それ自体は自然なことです。

しかし感情に巻き込まれすぎると、

  • 冷静な判断が難しくなる
  • 必要な説明ができなくなる
  • 距離感を失ってしまう

ことがあります。

医療者には、

寄り添いながらも距離を保つ

という、少し難しいバランスが求められます。

 

◼️「わかります」という言葉〜安易に使われていませんか?

医療現場でよく使われる言葉があります。

「わかります」

患者さんの話を聞いたとき、

つい口にしてしまう言葉です。

しかし実は、この言葉は少し難しい言葉でもあります。

本当にその人の苦しみを、

完全に理解することはできるでしょうか。

例えば、

  • 重い病気の不安
  • 長く続く痛み
  • 生活が変わってしまう恐怖

それらを医療者が完全に理解することは、

簡単ではありません。

だからこそ、

「わかります」

と言う代わりに、

「そう感じるのは当然だと思います」

といった言葉の方が、

誠実なこともあります。

 

◼️ 共感は技術でもある

共感というと、

「優しい人が自然にできるもの」

のように思われることがあります。

しかし医療の現場では、

共感は一つの技術でもあります。

例えば

  • 相手の言葉を繰り返す
  • 感情を言語化する
  • 急いで結論を出さない

こうした小さな姿勢が、

患者さんとの関係を大きく変えることがあります。

 

◼️ 共感だけでは医療はできない

もう一つ大事なことがあります。

医療には

  • 共感
  • 知識
  • 技術
  • 判断

すべてが必要です。

もし医療者が共感だけで動いてしまうと、

  • 必要なことを言えなくなる
  • 難しい説明を避けてしまう
  • 不都合な事実を伝えられない

こともあります。

医療には時に、

つらいことを伝える役割もあります。

そのとき必要なのは、

冷たさではなく

誠実さ

なのだと思います。

◼️ 最後に

医療者は、人の苦しみに触れる仕事です。

そのため、

共感はとても大切な力です。

しかし共感は、

  • 同情になってしまうこともあれば
  • 感情に巻き込まれることもあります。

だからこそ医療者には、

寄り添いながらも、

少し距離を保つ

という姿勢が必要なのかもしれません。

それは決して冷たいことではなく、

医療という仕事を続けていくための

静かな強さなのだと思います。

 

※共感(エンパシー)については過去に別記事を書いたことがあります。(→こちら

 

 

ポチっとお願いします↓

 

〈スポンサーリンク〉