医療者はなぜ「わかったつもり」になるのか

医療者はなぜ「わかったつもり」になるのか

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医療者はなぜ「わかったつもり」になるのか

―ラベルの先にある落とし穴―

前回、「ラベルは理解の入り口だが、結論になってしまうと危うい」という話を書きました。

では、なぜ私たちはその“結論”にたどり着いてしまうのでしょうか。

なぜ医療者は、ときに「わかったつもり」になってしまうのか。

 

◼️「わからないまま関わる」ことの不安

医療者は、日々判断を求められます。

状態を評価し、リスクを考え、対応を決める。
その中で、「よくわからない」という状態は、とても不安定です。

だからこそ私たちは、できるだけ早く理解しようとする。

「この症状ならこうだ」
「この人はこういうタイプだ」

そうやって、自分の中にある知識や経験に当てはめていく。

これは決して悪いことではありません。むしろ、必要な能力です。

 

◼️ 経験が増えるほど、「型」が強くなる

臨床経験を重ねると、パターンが見えてきます。

「この反応はよくある」
「この経過はこうなりやすい」

これは大きな強みです。判断のスピードも質も上がる。

ただ、その一方で、

「似ている=同じ」と捉えてしまう危うさも出てきます。

本当は“似ているだけ”かもしれないのに、「いつも通り」と処理してしまう。

ここに、「わかったつもり」が生まれます。

 

◼️【臨床の一場面】

ある患者さん。表情は乏しく、発語もほとんどない。

「反応は薄いタイプだな」
そう思って関わると、どうしても関わり方は単調になります。

でもある日、ほんの少しだけタイミングを変えて声をかけてみると、
目の動きが変わる。

もう一度試すと、今度はわずかに視線が合う。

その瞬間、「わかっていたつもり」が崩れます。

“反応がない人”ではなく、
“こちらの関わり方によって反応が変わる人”だったのかもしれない。

◼️ 「正しさ」を求めるほど、視野は狭くなる

医療者は「正しい判断」を求められる仕事です。

間違いが許されない場面も多い。
だからこそ、「これで合っている」という確信を持ちたくなる。

でも、その確信が強くなりすぎると、

別の可能性に目が向かなくなることがあります。

「もうわかっている」
そう思った瞬間、観察は止まる。

 

◼️ ラベルと「わかったつもり」はつながっている

前回の話に戻ると、

ラベルは「理解した感覚」を与えてくれます。

「高齢者だからこう」

「この疾患だからこう」

「認知症だから仕方がない」

それは間違いではないかもしれない。

でも、その瞬間に思考が止まってしまえば、それはもう“理解”ではなく“省略”です。

では、どうすればいいのか

「わかったつもり」を完全に避けることはできません。

人はどうしても、過去の経験や知識を使って理解しようとするからです。

大切なのは、

「もしかしたら違うかもしれない」と思い続けること

これだけです。

・本当にそうだろうか
・他の見方はないだろうか
・この人は例外かもしれない

この“揺らぎ”を持っているだけで、関わり方は変わります。

 

◼️ おわりに

医療者は、理解しようとするあまり、
「わかったつもり」になることがあります。

でもそれは、能力の問題ではなく、
むしろ“真剣に関わろうとしているからこそ起こること”でもあります。

だからこそ、

「自分は今、わかったつもりになっていないか」

と、ときどき問い直すこと。

その姿勢が、目の前の人をもう一度見直すきっかけになるのだと思います。

 

 

 

 

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