病気になって、医療者にとって五感を使う必要性を痛感した話

病気になって、医療者にとって五感を使う必要性を痛感した話

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病気になって、医療者にとって五感を使う必要性を痛感した話

私は理学療法士として長年働いてきました。

若い頃は「患者さんを診る」ということを当たり前のように行っていました。

しかし、自分自身が病気を経験したことで、その当たり前が決して当たり前ではなかったことに気づかされました。

今回は、私自身の体験を通して、「医療者にとって五感がどれほど大切なのか」について考えてみたいと思います。

 

耳が聞こえなくなって初めて分かったこと

最初に患ったのは突発性難聴でした。

右耳の聴力を失い、その後なんとか職場復帰しました。

日常生活にも不便はありましたが、医療現場で最も困ったのは「音が十分に聞こえないこと」でした。

例えば聴診です。

術後患者さんの呼吸音。

COPD患者さんの喘鳴。

痰が貯留している時の湿性ラ音。

こうした情報は、これまで当たり前のように耳から得ていました。

ところが聴力を失うと、それらの情報が急に遠くなります。

また病院には音で管理されているものが数多くあります。

モニターアラーム。

輸液ポンプの警告音。

ナースコール。

人工呼吸器のアラーム。

聞こえないということは、危険を察知する能力が低下するということでもあります。

私はそれまで、「音」は単なる情報だと思っていました。

しかし実際には、患者さんの状態変化をいち早く察知するための重要なセンサーだったのです。

 

次に失ったのは触覚でした

その後、私は脳の障害を患いました。

高次脳機能障害(失語など)に加え、触覚温度覚にも障害が残りました。

これもまた、臨床では大きな問題でした。

患者さんの手足に触れた時、

「冷たいな」

「今日は熱感があるな」

という感覚が分かりにくくなったのです。

医療者は意外なほど多くの情報を手から得ています。

むくみの有無。

筋肉の緊張。

皮膚の状態。

発汗。

体温。

関節の硬さ。

循環状態。

私自身、障害を負うまでは、触覚がどれほど重要かを深く考えたことはありませんでした。

しかし失ってみると、その情報量の多さに驚かされました。

患者さんに触れることは、単なる接触ではありません。

触れること自体が評価なのです。

 

嗅覚もまた重要な診察道具だった

さらに困ったのが嗅覚でした。

患者さんが便失禁をしていても気づきにくい。

尿臭アンモニア臭が分かりにくい。

口臭呼気の変化にも気づきにくい。

医療現場では臭いから得られる情報が少なくありません。

感染創の臭い。

褥瘡の臭い。

口腔内の状態。

脱水傾向。

排泄物の異常。

時には患者さん自身が異常に気づいていなくても、周囲の医療者が臭いで先に察知することがあります。

普段は意識していませんが、嗅覚も立派な観察能力の一つなのです。

 

視覚だけは残った

幸い、私には視覚が残されていました。(極度の近視はありますが)

だからこそ、私は以前にも増して患者さんを「見る」ようになりました。

表情を見る。

呼吸の様子を見る。

顔色を見る。

皮膚の色を見る。

姿勢を見る。

動きを見る。

わずかな変化を探すようになりました。

失った感覚を補うために、残された感覚を総動員するようになったのです。

 

医療者は五感で患者さんを診ている

考えてみれば、医療者は常に五感を使っています。以下に詳しく説明しますね。

 

視覚

最も情報量が多く、患者さんと最初に出会った瞬間からフル稼働する感覚です。

• パッと見の印象(ファーストインプレッション): 顔色(蒼白、黄疸、チアノーゼ)、表情(苦しそうか、虚ろか)、呼吸の速さや肩で息をしていないかなど、部屋に入った瞬間の「何かおかしい」という直感(初期評価)に直結します。

• 皮膚や創部の観察: 褥瘡(床ずれ)の深さ、手術後の傷口の赤みや腫れ(感染の兆候)、点滴が漏れて腫れていないかなどを確認します。

• 歩行や動作の観察: 歩き方のふらつきから脳神経や筋骨格系の異常を予測したり、着替えの動作から日常生活の自立度を評価したりします。

 

 

聴覚

言葉によるコミュニケーションだけでなく、体から発せられる様々な「音」を捉えます。

• 聴診器による体内音の確認:

• 呼吸音: 肺から「ヒューヒュー」「パチパチ」といった異常な音がしないか(喘息や肺炎、心不全の兆候)。

• 心音: 弁膜症などによる「ザーザー」という雑音や、リズムの乱れ(不整脈)がないか。

• 腸鳴音(お腹の音): 腸がしっかり動いているか(術後の腸閉塞の有無などの確認)。

• 直接聞こえる音: 痰が絡んだゼロゼロという呼吸音(自己喀痰が難しいサイン)、咳のトーン(乾いた咳か、湿った咳か)、あるいは関節がパキパキ鳴る音なども重要な情報です。

触覚

手で直接触れることで、体表面からは見えない内部の情報や、患者さんの生体反応を感じ取ります。

• 皮膚の温度と湿潤度: 手足が冷たくて冷や汗をかいている(ショック状態の兆候)、全身が熱く乾燥している(高熱や脱水の兆候)などを瞬時に判断します。

• 脈拍の触知: 手首の橈骨(とうこつ)動脈などに触れ、速さ、リズムの規則正しさ、脈の強さ(血圧が下がると弱くなる)を確かめます。

• お腹や腫瘤(しこり)の触診: お腹を優しく押して、硬さや張り、痛みの有無(腹膜炎などの兆候)を確認します。また、リンパ節の腫れやしこりの可動性(動くか固定されているか)も触覚でしか分かりません。

• 打診(だしん): 指で体をポンポンと叩き、 その響き(空気の音か、詰まった音か)で肺に水が溜まっていないか、ガスが溜まっていないかを調べます。

 

嗅覚

見落とされがちですが、特定の疾患や病態をスクリーニングする上で非常に鋭敏なセンサーとなります。

• 呼気(吐く息)の匂い:

• 甘酸っぱい匂い(アセトン臭): 糖尿病性ケトアシドーシスという危険な高血糖状態のサイン。

• アンモニア臭: 肝機能や腎機能が著しく低下しているときのサイン。

• 創部や排泄物の匂い:

• 特異な悪臭: 傷口が特定の細菌(緑膿菌や嫌気性菌など)に感染している場合、独特の強い臭気がします。

• 便の匂い: 消化管出血(胃潰瘍など)がある場合の便は、鉄臭いような独特の「タール便臭」がするため、一発で出血を疑うきっかけになります。

 

味覚

五感(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚)のうち、「味覚」に関しては、現代の医療現場で積極的に使われることは原則としてありません。

医療従事者自身が味覚を使うのではなく、「患者さんの味覚がどう変化しているか」を問診で聞き出すことで、隠れた病気や副作用を察知することができます。

• 亜鉛欠乏症の発見: 「最近、何を食べても味がしない(味覚消失)」「砂を噛んでいるようだ」という訴えから、体内の亜鉛不足を疑います。

• 薬剤の副作用チェック: 抗がん剤や特定の血圧降下薬、抗生物質などは、副作用で味覚障害が出ることがあります。患者さんの「味が変わった」という声は、薬の変更を検討する重要なサインになります。

• 認知症や脳神経疾患の兆候: 味覚や嗅覚の低下は、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病の初期症状として現れることがあるため、早期発見の手がかりになります。

 

医療者が直接使う機会は少ないものの、摂食嚥下や栄養の分野では患者さんの味覚障害が重要な評価対象になりますね。

 

五感の一つひとつは小さな情報かもしれません。

しかし、それらが積み重なることで患者さんの状態を立体的に理解できるのです。

 

病気になって気づいたこと

私は病気によって、聴覚や触覚、嗅覚の一部を失いました。

もちろん不自由なことはたくさんあります。

しかし、その経験によって医療者として大切なことも学びました。

患者さんを診るということは、検査データだけを見ることではありません。

患者さんの前に立ち、

見て、聞いて、触れて、感じて、

五感を総動員して患者さんと向き合うことです。

私自身、多くの感覚を失ったからこそ、その価値を痛感しました。

そして今でも、残された感覚を使いながら患者さんと向き合っています。

病気は多くのものを奪いました。

けれど同時に、医療者としての大切な視点を教えてくれたようにも思います。

そう思わないと、やっていられませんから(笑)。

 

 

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