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同じ患者さんを見ているのに、職種間で見え方が違うのは何故なんだろう
病院で働いていると、他職種のカルテを読む機会があります。
そのたびに思うことがあります。
「同じ患者さんを見ているはずなのに、ずいぶん見方が違うなぁ」
と。
驚くこともありますし、感心することもあります。時には少し戸惑うこともあります。

私は理学療法士です。
職業柄、患者さんの身体を客観的に評価することが多くなります。
関節可動域はどうか。
筋力はどうか。
姿勢はどうか。
歩行能力はどうか。
主にこんなとこを、見ます。
どうしても「事実」や「身体機能」に目が向きます。
ところが療育職や保育士、支援員の方々の記録を読むと、そこにはまた違った患者さんが存在しているように見えることがあります。
「好きな音楽を流すと笑顔が見られた」
「友達の声に反応していた」
「今日はいつもより意欲的に活動していた」
そんな記録を読むと、私が普段見ている患者さんとはまるで別人のように感じることさえあります。
彼らは患者さんの身体だけでなく、その人の可能性や楽しみ、成長に目を向けています。
そこには、
「こうであってほしい」
「もっとできるようになってほしい」
という願いも込められているように感じます。
もちろん、それが悪いことだとは思いません。
むしろ大切な視点だと思います。
ただ、時々不思議になるのです。
私たちは本当に同じ患者さんを見ているのだろうか、と。

しかし考えてみると、それは当然なのかもしれません。
理学療法士は身体というレンズを通して患者さんを見ています。
看護師は生活というレンズを通して見ています。
療育職は発達や可能性というレンズを通して見ています。
医師は病態や診断というレンズを通して見ています。
そして患者さん本人は、自分の人生というレンズを通して自分自身を見ています。
見ている対象は同じでも、使っているレンズが違うのです。

だから見える景色も違って当然です。
例えば重症心身障害児の支援を考えてみます。
療育職は、
「もっと遊びを広げたい」
と考えるかもしれません。
一方で理学療法士は、
「この姿勢では股関節変形や側弯が進行するかもしれない」
と考えます。
一見すると対立しているように見えます。
しかし本当は違います。
どちらもその子のことを思っているのです。
目指しているのは、
「安全な身体を守りながら、豊かな活動を実現すること」
なのだと思います。
問題になるのは、自分の見方だけが正しいと思い始めた時です。
理学療法士は、
「理想論ばかりで身体のことを考えていない」
と思うかもしれません。
療育職は、
「リスクばかり気にして挑戦させてくれない」
と思うかもしれません。
そうなると患者さんが置き去りになります。
多職種連携で本当に大切なのは、お互いを説得することではなく、
「あなたには何が見えていますか?」
と尋ねることなのかもしれません。
療育職が見ている笑顔。
看護師が気付いた生活の変化。
医師が考えている病態。
理学療法士が感じている身体のリスク。
それらを持ち寄って初めて、一人の患者さんの全体像が見えてきます。
私は臨床経験を重ねるほど、
「患者さんを客観的に見ているつもりで、実は自分の専門職のレンズ越しに見ているだけなのかもしれない」
と思うようになりました。

だからこそ、他職種の記録を読むことは面白いのです。
時には違和感を覚えることもあります。
でも、その違和感の中には、自分がまだ見えていない患者さんの姿が隠れているのかもしれません。
同じ患者さんを見ているのに、見え方が違う。
それは多職種連携の難しさであり、同時に面白さでもあるのだと思います。
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