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リハビリに潜む「トロッコ問題」
―正解のない臨床判断について―
哲学の世界に有名な思考実験があります。
「トロッコ問題」です。
簡単に説明をしますね。
暴走したトロッコが線路を走っています。
このまま進めば5人が轢かれてしまいます。
しかし、あなたがレバーを引けば、
トロッコは別の線路に入り、1人だけが轢かれます。
あなたはレバーを引きますか?
- 5人を救うために1人を犠牲にするのか
- 何もしないことで5人が亡くなるのを受け入れるのか
ざっとこんな思考実験です。
どちらを選んでも、完全な正解とは言えません。
この思考実験は哲学の世界の話ですが、
実はリハビリの現場にもよく似た状況がたくさんあります。
①「歩かせるか、守るか」
リハビリの基本理念は
「自立を促すこと」です。
しかし歩行練習には、常にリスクがあります。
- 歩けば回復する可能性がある
- しかし歩けば転倒する可能性もある
例えば、
- まだ不安定な患者
- 骨粗鬆症
- 抗凝固薬内服中
歩行練習を行えば
機能は改善するかもしれません。
しかし転倒すれば
骨折や頭部外傷につながることもあります。
つまりそこには
回復の可能性 vs 安全
というジレンマがあります。
臨床ではよく言われます。
「転ばせないリハは、歩けるようにならない」
しかし同時に
「転ばせたら取り返しがつかない」
この間で、セラピストは毎日判断しています。本当に悩ましい。

②「本人の意思」か「回復の可能性」か
リハビリでは、こんな場面もあります。
患者さんが言います。
「もうリハビリはいいです。疲れました」
しかしセラピストを含めた医療側は知っています。
もう少し続ければ改善する可能性があることを。
このときの選択は難しいものです。
- 本人の意思を尊重する
- もう少し頑張るよう励ます
ここには
自己決定 vs 善意
の葛藤があります。
どちらも間違いではありません。
年齢や合併症の有無や家族の意向などを総合的に判断して、個別に対応します。

③「帰りたい」本人と、「無理だ」家族
退院支援の場面では、よくこんな状況になります。
- 本人:家に帰りたい
- 家族:介護はできない
どちらの気持ちも理解できます。
本人にとって
家に帰ることは人生の希望です。
しかし家族にとって
介護は生活そのものを変えてしまう出来事です。
セラピストはしばしば、
身体機能ではなく人生の選択
に関わることになります。

④「全員に平等」か「回復する人を優先」か
病院の時間は限られています。
例えば、
- 回復の可能性が高い患者
- 回復が難しい患者
同じ時間を使うべきでしょうか。
もし改善する人に集中すれば
成果は大きくなります。
しかしそれは
回復しにくい人を後回しにすることにもなります。
ここには
公平性 vs 効率
という倫理問題があります。
医療に効率、コスパっていう概念を持ち込むのは好きではありませんが、仕方がない場面も往々にあります。

リハビリには「正解」がない
医療の世界では、
エビデンスが重要です。
しかし臨床の判断は、
エビデンスだけでは決まりません。
そこには
- 人の価値観
- 家族の事情
- 生活環境
- 人生観
が関わってきます。
だからリハビリの現場では、
「正しい答え」よりも
納得できる答え
を探していくことになります。
まとめ:セラピストの仕事は「答えを出すこと」ではない
トロッコ問題には、
決定的な正解はありません。
それと同じように、
リハビリの現場の判断にも
唯一の正解はありません。
大切なのは、
- 患者と向き合うこと
- 家族と話すこと
- チームで考えること
そして
その人にとって何が一番良いのかを、
最後まで考え続けること
なのだと思います。
機会があればこれら4つの課題について、もっと掘り下げてみたいと思います。
ありがとうございました。
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