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シリーズ 患者さんの言葉の本当の意味を考えていますか その15回
「言葉にならない気持ち」を考えていますか?〜めまいを中心に〜
「どんなめまいですか?」
医療者から、そう聞かれることがあります。
「周囲がぐるぐる回りますか?」
「身体がふわふわする感じですか?」
「立ちくらみのような感じですか?」
質問の意味は分かります。
しかし、そのどれにも当てはまらないことがあります。
回っているわけではない。
浮いている感じとも違う。
目の前が暗くなるわけでもない。
ただ、身体のどこかがおかしい。
何となく嫌な感じがする。
でも、その感覚を表す言葉が見つからない。
患者になってみて、私は初めて気づきました。
症状があることと、それを言葉で説明できることは、まったく別の問題なのです。

教科書の言葉では表せないことがある
医療者は、症状を整理するためにさまざまな言葉を使います。
めまいであれば、
「回転性」
「浮動性」
「動揺性」
「眼前暗黒感」
などの分類があります。
こうした言葉は、病態を考えるうえで大切です。
しかし、患者さんが実際に感じている症状が、きれいに分類できるとは限りません。
「浮いている感じですか?」
と聞かれても、少し違う。
「ふらつきますか?」
と聞かれても、それだけではない。
近い言葉はあっても、ぴったり当てはまる言葉がないのです。

それでも診察では、何かを答えなくてはなりません。
その結果、本当は少し違うと思いながら、
「たぶん、浮遊感だと思います。」
と答えてしまうことがあります。
しかし、その言葉だけが記録されると、患者さんが実際に感じていたものとは、少し違う症状として伝わってしまうかもしれません。

「説明できない」は、症状がないという意味ではない
患者さんが、
「うまく説明できません。」
「何となく変なんです。」
「いつもとは違う感じがします。」
と話すことがあります。
医療者側からすると、曖昧で評価しづらい言葉かもしれません。
しかし、患者さんは何も感じていないわけではありません。
むしろ、確かに異変を感じているのに、それを表す言葉が見つからず困っているのです。
症状そのものに加えて、
「うまく伝えられない。」
「分かってもらえないかもしれない。」
「間違ったことを言ってしまうかもしれない。」
という不安まで抱えていることがあります。
医療者が求めている言葉に合わせようとするほど、本来の感覚から離れてしまうこともあるのです。

言葉は、本人の感覚そのものではない
私たちは普段、患者さんが使った言葉を手がかりに評価を進めます。
しかし、言葉はその人が感じていることのすべてではありません。
感覚を言葉に置き換えるときには、どうしても抜け落ちるものがあります。
特に、
失語症がある方。
認知機能が低下している方。
聴覚障害がある方。
外国語で説明しなければならない方。
強い不安や混乱の中にいる方。
こうした患者さんにとって、自分の症状を正確に説明することは、さらに難しくなります。
「何を言っているのか分からない。」
と判断する前に、
伝えたいことはあるけれど、言葉にできないのかもしれない。
そう考える必要があります。

セラピストならどう関わるか
患者さんが症状をうまく説明できないとき、選択肢を示すことは役立ちます。
ただし、
「回っていますか?」
「ふわふわしますか?」
という選択肢に、無理に当てはめてもらうだけでは不十分です。
まずは、
「その言葉にぴったり当てはまらなくても大丈夫です。」
「うまく説明できなくても構いません。」
と伝えることが大切だと思います。(私自身、患者になってそう言ってもらいたかった!)
そのうえで、
「どんなときに起こりますか?」
「じっとしていてもありますか?」
「目を閉じると変わりますか?」
「座っているときと立ったときで違いますか?」
「その感じが出ると、何ができなくなりますか?」
と、状況や動作の変化を一緒に確認していきます。
患者さんの言葉だけでなく、
表情。
視線。
身体の揺れ。
動作の止まり方。
呼吸の変化。
手で示す動き。
こうした非言語的な情報も、大切な手がかりになります。
理学療法士は、患者さんと一緒に身体を動かしながら症状を観察できる職種です。
言葉だけでは分からない感覚を、動作や反応から一緒に探していくことができます。

分かったつもりにならない
患者さんが、
「ふわふわします。」
と言ったとき、医療者はその言葉を知っている分類に当てはめたくなります。
しかし、医療者が考える「ふわふわ」と、患者さんが感じている「ふわふわ」が同じとは限りません。
だからこそ、
「つまり浮動性のめまいですね。」
とすぐに結論づけるのではなく、
「○○さんが言う『ふわふわ』とは、どのような感じでしょうか。」
と、もう少し確かめることが必要です。
分類することは大切です。
しかし、分類する前に、その人が感じているものを知ろうとする姿勢を忘れてはいけないと思います。

私自身が患者になって感じたこと
私自身、患者になってから、自分の気持ちや症状を医療者に伝える難しさを何度も感じました。
めまいがあっても、
「回転性」とは違う。
「浮遊性」と言うのもしっくりこない。
ただ、何となく嫌な感じがする。
身体に異変があることは分かるのに、それを的確に表す言葉が見つからないのです。
医療者として教科書の言葉を知っていても、実際の感覚をその言葉に当てはめられるとは限りませんでした。
患者さんが、
「何となく変なんです。」
と話すとき、その言葉の奥には、本人にも説明しきれない確かな感覚があるのだと思います。
おわりに
患者さんの言葉は、いつも明確とは限りません。
言葉が足りないこともあります。
表現が医学的に正確ではないこともあります。
何度聞いても、うまく説明できないこともあります。
しかし、それは患者さんに伝えたいことがないからではありません。
伝えたいけれど、言葉が見つからないのです。
だからこそ私たちは、正しい言葉を求めるだけではなく、言葉にならない部分にも目を向けたいと思います。
「うまく説明できなくても大丈夫です。」
そう伝えながら、一緒にその感覚を探していく。
患者さんの言葉は、ゴールではありません。
そして時には、言葉になる前の表情や動き、沈黙そのものが、その人を理解するための入り口なのだと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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