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気管切開+人工鼻の患者さんは食べていい?
― 経口摂取の可否を、何を根拠に判断するのか ―
病棟で、こんな場面に出会ったことはありませんか。
気管切開をしていて、人工鼻(HME)を装着している患者さん。
ところが、その患者さんが普通に食事をしているのです。
「あれ? 気管切開をしていても食べていいんだっけ?」
そう思ったことがある医療者もいるのではないでしょうか。
僕自身、気管切開をしている患者さんの食事について、改めて考えてみたいと思ったことがあります。
気管切開をしているからといって、必ずしも経口摂取ができないわけではありません。
一方で、気管切開をしている患者さんには、嚥下障害や誤嚥のリスクを抱えている方も少なくありません。
では、何を根拠に経口摂取の可否を判断すればよいのでしょうか。
今回は、人工鼻を装着している患者さんを中心に考えてみたいと思います。

そもそも人工鼻とは何をするものなのか
人工鼻(HME:Heat and Moisture Exchanger)は、呼気に含まれる熱と水分を保持し、次の吸気を加温・加湿するための器具です。
通常、私たちが鼻から呼吸すると、吸い込んだ空気は鼻腔や上気道を通る間に温められ、加湿されます。
ところが、気管切開によって気管切開孔から呼吸する場合、空気が鼻腔を十分に通らなくなります。
そのため、気道が乾燥しやすくなり、痰が粘稠になるなどの問題が生じます。
人工鼻は、こうした問題を軽減するために使用されます。
つまり、人工鼻の主な役割は、吸気の加温・加湿です。
嚥下機能を改善するための器具ではありません。
ここは、スピーチバルブと区別しておきたいところです。
気管切開をすると、なぜ嚥下が問題になるのか
気管切開をしている患者さんには、嚥下障害がみられることがあります。
ただし、注意したいのは、気管切開そのものが嚥下障害の唯一の原因とは限らないということです。
気管切開が必要になった背景には、脳血管障害、神経筋疾患、重症呼吸不全、長期間の人工呼吸管理など、さまざまな病態があります。
こうした原疾患や全身状態が、嚥下機能にも影響している可能性があります。
また、気管切開チューブの種類やサイズ、カフの状態、呼吸経路なども関係します。
例えば、気管切開孔を通じて呼吸している場合、呼気が声門を通過しにくくなります。
そのため、声門下圧や咳嗽の仕組みに影響が生じる可能性があります。
一方で、喉頭挙上や嚥下機能への影響は患者さんによって異なり、気管切開をしているという事実だけで一律に判断することはできません。
大切なのは、気管切開の有無だけを見るのではなく、その患者さんの嚥下機能と呼吸状態を実際に評価することです。
カフを膨らませていれば誤嚥しない?
ここは誤解されやすいところだと思います。
気管切開チューブのカフは、気管内で膨らませることで、人工呼吸管理時の換気を確保するなどの役割を担っています。
しかし、カフを膨らませていても、誤嚥を防ぐことはできません。
そもそも誤嚥とは、食物や唾液などが声門を越えて気管内に侵入することです。
カフは声門より下方に位置しているため、カフが膨らんでいても、食物や唾液が声門を越えること自体は防げません。
また、カフの周囲に分泌物が貯留したり、下方へ流入したりする可能性もあります。
「カフがあるから安心」という考え方は適切ではありません。
一方で、経口摂取のために必ずカフを脱気すればよい、という単純な話でもありません。
カフの管理は、呼吸状態や人工呼吸器の使用状況、気道の状態などを踏まえて判断する必要があります。
人工鼻とスピーチバルブは違う
人工鼻と混同しやすい器具に、スピーチバルブがあります。
スピーチバルブは、一般に吸気時には気管切開チューブから空気が入り、呼気時には弁が閉じて、空気が喉頭・口腔・鼻腔側へ流れる仕組みです。
そのため、条件が整えば発声が可能になります。
また、呼気が上気道を通過することで、嚥下や咳嗽に関係する生理機能に変化が生じる可能性があります。
ただし、スピーチバルブを使用すれば必ず嚥下が改善するわけではありません。
さらに、使用には上気道の開存性や呼吸状態などの確認が必要です。一般的な一方向スピーチバルブでは、カフを完全に脱気する、またはカフなしチューブを使用することが前提になります。
適切な評価なしに装着すると、呼気が排出できなくなる危険があります。
したがって、人工鼻とスピーチバルブは、目的も呼吸の仕組みも異なる器具として理解する必要があります。

では、経口摂取の可否は何で判断するのか
ここからが本題です。
気管切開をしている患者さんの経口摂取を検討する際には、いくつかの視点から評価する必要があります。
① 覚醒状態と認知機能
まず、覚醒状態が安定しているかどうかです。
食事中に覚醒が低下すれば、嚥下のタイミングや気道防御に影響する可能性があります。
また、指示理解や注意機能、食事動作の状況も確認したいところです。
ただし、意識が清明で、指示理解が良好だからといって、誤嚥がないとは限りません。
むせを伴わない不顕性誤嚥もあるためです。
② 呼吸状態
食事中は、呼吸と嚥下を協調させる必要があります。
呼吸数が増加していたり、努力呼吸が強かったりすると、その協調が難しくなる場合があります。
呼吸状態に余裕があるか、食事中に呼吸困難が増強しないかなどを確認することが重要です。
SpO₂も全身状態を把握するための情報になりますが、SpO₂が低下しないからといって、誤嚥がないとは判断できません。
③ 分泌物と咳嗽能力
痰や唾液の管理も重要です。
分泌物が多く、頻回の吸引が必要な患者さんでは、気道クリアランスの問題を考える必要があります。
咳嗽が十分に行えるかどうかも確認したいところです。
ただし、咳が強ければ安全に食べられる、というわけではありません。
咳嗽能力は、経口摂取を検討する際の重要な情報の一つですが、それだけで判断することはできません。
④ 嚥下機能そのもの
最も重要なのは、実際の嚥下機能です。
食塊の送り込み、咽頭への移送、嚥下反射、喉頭閉鎖、咽頭残留など、嚥下の各過程を評価する必要があります。
ベッドサイドでの観察だけでは、確認できない問題もあります。
特に不顕性誤嚥が疑われる場合や、経口摂取の方針を決めるために詳細な情報が必要な場合には、嚥下内視鏡検査(VE)や嚥下造影検査(VF)が重要になります。
STや医師を中心に、必要な評価を進めることになります。
なお、VE・VFで誤嚥が確認された場合も、それだけで一律に経口摂取が禁止されるわけではありません。
誤嚥の程度や頻度、残留、呼吸状態、全身状態、代償方法の効果などを総合して判断します。
理学療法士として関われること
ここで、PTの役割についても考えてみたいと思います。
嚥下機能そのものの評価は、STや医師が中心となることが多いと思います。
しかし、PTにも関われる部分があります。
例えば、食事中の座位姿勢です。
体幹が大きく傾いていたり、頭頸部の位置が不安定だったりすると、食事動作や嚥下に影響することがあります。
その患者さんにとって、どのような姿勢が安定し、呼吸もしやすいのか。
これはPTが評価し、提案できる部分です。
また、呼吸機能や活動耐容能も関係します。
食事前には呼吸が落ち着いていても、食事を続けるうちに疲労し、呼吸数が増加する患者さんもいます。
座位を保つだけでも大きな負担になる方もいるでしょう。
食事に必要な姿勢を維持できるか。
食事中の呼吸状態はどう変化するか。
疲労が蓄積していないか。
こうした情報は、経口摂取の方法や食事時間、休息の取り方を検討するうえで役立ちます。
もちろん、PTが単独で経口摂取の可否を決定するわけではありません。
それぞれの専門職が持つ評価情報を共有することが大切なのだと思います。

「食べている」と「安全に食べられている」は違う
病棟で食事をしている患者さんを見ると、つい「この人は食べられるんだ」と考えてしまうことがあります。
しかし、実際に食事をしていることと、その方法が安全で適切であることは同じではありません。
反対に、気管切開をしているという理由だけで、経口摂取を諦める必要もありません。
食形態を調整する。
一口量や食事のペースを工夫する。
姿勢を調整する。
疲労しやすい場合には、食事時間や休息を検討する。
こうした対応によって、経口摂取の可能性が広がる患者さんもいます。
ただし、それぞれの方法が有効かどうかは、個別に評価する必要があります。
そして、忘れてはいけないのが患者さん本人の希望です。
「口から食べたい」という思いは、その人の生活や楽しみに深く関わっています。
一方で、誤嚥や肺炎などのリスクを無視することもできません。
安全性だけでなく、本人の希望、生活の質、治療方針なども含めて考える必要があります。

まとめ|気管切開をしているから食べられない、ではない
気管切開をして人工鼻を装着している患者さんでも、経口摂取が可能な場合はあります。
しかし、その可否は人工鼻の有無だけで決まるものではありません。
原疾患、嚥下機能、呼吸状態、分泌物の管理、姿勢、全身状態など、さまざまな要因を考慮する必要があります。
「気管切開をしているから危ない」
「実際に食べているから大丈夫」
どちらも、少し短絡的な判断なのかもしれません。
大切なのは、何が問題になっているのかを評価し、その患者さんに合った方法を多職種で考えることです。
そして、その判断の先には、患者さん自身の生活があります。
口から食べるという行為は、単に栄養を摂取することだけではありません。
食事を楽しみ、人と同じ時間を過ごすことでもあります。
だからこそ、危険性を軽視せず、可能性も簡単には閉ざさない。
そんな姿勢で関わっていきたいものです。
ありがとうございました。
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