抗がん剤で髪が抜けるということ ―「また生えてきますよ」と簡単に言ってよかったのだろうか

抗がん剤で髪が抜けるということ  ―「また生えてきますよ」と簡単に言ってよかったのだろうか

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抗がん剤で髪が抜けるということ

―「また生えてきますよ」と簡単に言ってよかったのだろうか

 

がんの治療では、薬の種類によって髪の毛が抜けることがあります。

いわゆる「抗がん剤による脱毛」です。

すべての抗がん剤で脱毛が起こるわけではありませんし、その程度も人によって違います。

ほとんど抜けない人もいれば、頭髪だけでなく、眉毛やまつ毛、体毛などにも影響が出る人がいます。

でも、私たち医療者はときどき、

「髪が抜けるのは副作用の一つ」

と、医学的な症状の一つとしてだけ見てしまうことがあります。

僕自身、患者さんとのある会話から、それだけではないのだと気づかされたことがありました。

 

ある患者さんとの会話

以前、抗がん剤治療を受けていた70代の男性患者さんを担当したことがあります。

いつも笑顔で、冗談もよく言う方でした。

ある日、その患者さんが髪の毛について話されました。

そのときも冗談交じりだったので、僕もいつもの調子で軽く返してしまいました。

「また生えてきますよ」

そんな意味のことを伝えました。

ところが、それまで笑っていた患者さんの表情が変わりました。

そして真剣な顔で聞かれました。

「本当に生えてくるって約束できますか?」

僕は、その言葉に答えられませんでした。

私が考えていた「脱毛」と、患者さんが経験する「脱毛」は違った

それまで僕が担当してきた患者さんの多くは、治療後、時間はかかっても髪が再び生えていました。

だから、

「いずれ生えてくるのだから」

と、どこかで考えていたのだと思います。

でも、その患者さんが心配していたのは、もっと別のことでした。

髪がない期間をどう過ごすのか。

帽子をかぶるのか。

ウィッグを使うのか。

そのまま外へ出るのか。

周囲から、

「がんの治療をしている人なのかな」

と思われるかもしれない。

病気のことを知られたくない相手にも、知られてしまうかもしれない。

そして、それまでと違う目で見られるかもしれない。

私はそこまで考えていませんでした。

 

髪が抜けることは、「髪だけ」の問題ではない

抗がん剤による脱毛は、身体的な副作用の一つです。

でも患者さんにとっては、

自分らしさ、外見、人との関係、仕事、社会とのつながり

にまで影響することがあります。

朝起きて枕についた髪を見る。

シャワーを浴びるたびに髪が抜ける。

鏡を見ると、昨日までとは違う自分がいる。

外出するときには、

「人からどう見られるだろう」

と考える。

こうしたことが毎日の生活の中で繰り返されます。

だから、

「命の方が大切でしょう」

「また生えてきますよ」

と医療者が簡単に片づけてよい問題ではないのだと思います。

年齢や性別だけで、「この人なら髪のことはそれほど気にしないだろう」と決めつけることもできません。

高齢の男性だから‥なんて簡単に考えていた私がバカでした。

 

「脱毛=抗がん剤が効いている」ではない

ここは、以前この記事を書いたときの自分の言葉を訂正しておきたいと思います。

当時の私は患者さんに、

「髪が抜けるということは、抗がん剤が効いているということ」

という意味のことを言っていました。(医者もそう患者に言っていたので受け売りです)

これは適切な説明ではありませんでした。

脱毛の程度と抗がん剤の治療効果を単純に結びつけることはできません。

また、多くの場合、治療終了後には髪は再び生え始めますが、回復の時期には個人差があります。以前とは髪質や色などが変化することもあります。

だからこそ、

「絶対に元通りになります」

と約束するのではなく、その人の治療内容に応じて正確な情報を確認することが大切です。

 

では、私たちには何ができるのだろう

脱毛そのものを止められなくても、患者さんが抱える不安を少し小さくすることはできます。

治療前から、使用する薬でどの程度脱毛が予想されるのか、いつ頃から始まりやすいのか、その後どのような経過をたどることが多いのかを確認しておく。

必要であれば、帽子や医療用ウィッグなどについて情報を得ておく。

施設や治療内容によっては、脱毛を軽減する目的で頭皮冷却について相談できる場合もあります。

そして何より大切なのは、

「髪が抜けるのがつらい」という気持ちを、小さな問題として扱わないこと

ではないでしょうか。

すぐに励ましたり、解決策を提示したりする前に、

「何が一番心配ですか?」

と聞いてみる。

外見が変わることなのか。

仕事に行くことなのか。

家族や友人に知られることなのか。

髪が元に戻るのか分からないことなのか。

同じ「脱毛が不安」という言葉でも、その奥にあるものは一人ひとり違います。

あのとき、何と言えばよかったのだろう

今振り返ると、あの患者さんに必要だったのは、

「大丈夫ですよ」

という私の答えではなかったのかもしれません。

まず、

「髪のこと、心配なんですね」

と受け止める。

そして、

「どんなことが一番心配ですか?」

と聞く。

それから必要なら、医師や看護師などとも情報を共有し、その患者さんの治療に沿った正確な情報を一緒に確認する。

そんな対応の方がよかったのではないかと思います。

医療者にとっては「よくある副作用」の一つでも、

患者さんにとっては、初めて経験する大きな出来事かもしれません。

髪が抜ける。

その短い言葉の中に、

「これから自分はどうなるのだろう」

という不安が隠れていることがあります。

患者さんの言葉を、その言葉だけで理解したつもりにならない。

あの日の患者さんとの会話は、そんなことを私に教えてくれました。

終わりに

恥ずかしい私の失敗談を書いてみました。

あまりに恥ずかしかったので、お蔵入りにしたのですが、同じ失敗をする人もいるかもしれないと思って公開することにしました。

悪い見本として、参考にしてもらったら幸いです。

読んでいただき、ありがとうございました。

 

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