〈スポンサーリンク〉
また、入院となりました
お久しぶりです。ブログ記事は過去に書いてお蔵入りしたものをちょこちょこ配信しているので、久しぶりという感じがしないかもしれませんが、新しい記事を書くのはひさしぶりになります。
実は、いま入院しています。これからその経過を少しずつ書いていくつもりです。同じ境遇の方は少ないとは思いますが、少数の人でもあっても、一緒に闘病生活を励ましていきたいのです。できれば社会復帰まで共に歩めたらと思うのです。
では、経過を思い出すまま書いていきますね。(これは僕の備忘録です。読み物としては面白くありません。悪しからず。)
遡るは、
2026年7月2日(木曜日)
夕方カルテを入力していると、目に焦点が合いません。特に左側。目薬を使っても改善せず、隣にいた同僚と「それは歳だからしょうがない。」なんて言っていました。翌日の朝にはそんな症状はなくなっており、安心したのを覚えています。
2026年7月4日(土曜日)
耳の不調があり、朝テレビをつけると、いつもの音量より小さく聞こえることに驚きました。「このテレビも古いからな〜」なんて軽く考えそのまま。
その後、スマホの音量を上げても音が聞こえずらい、トイレの水洗の音もこもって聞こえる、「これゃ、大変だ!」と、焦って土日にやってる個人経営の耳鼻科に電話し受診しました。
そこでは聴力検査をしたけど、老医師からは何の説明もなし。結局かかりつけの病院に紹介を書いてもらってその日は寝ました。(思えば直ぐに入院すべきでした。)
7月5日(日曜日)
翌朝iPhoneの目覚ましの音も聞こえず、寝坊。テレビの音も小さく音が割れて聞こえました。回転性の目眩が出現。動くと吐き気をもよおし、数回嘔吐しました。出るのは、真っ黄色の胃液のみ。この時の症状は以前突発性難聴のケースにそっくり。慌てて身支度をして救急車を呼びました。
救急車はなかなか来なかったため、再度119番に通報しましたが、この時は耳が全く聞こえなかったので、とにかく一方的に救援要請を繰り返しました。あとは神頼み。
救急車はほどなく到着しました。搬送先は、その日に当番病院だった僕の勤務先でした。
そこでCT、MRI、心電図を受けた後に、神経外科の医師から出た言葉は、『すぐに高度医療が提供できるところに行くべきだ』ということでした。
医師に付き添われて、市内にある三次救急の病院に搬送。そこでも同様の検査を受けました。
翌日主治医から説明(IC)がありました。
MRIの画像から新たに左の小脳にも梗塞が認められたと。また橋の外側にも梗塞があるとのことでした。状態は悪化しているのかも。今回の左耳の難聴は突発性難聴の可能性よりも、脳梗塞から来た可能性の方が合理的だと考えているようでした。
ステロイドは中止になって積極的に血栓を溶解する治療に切り替わりました。
耳は両側とも全く聞こえないまま。脳梗塞が原因なら難聴が改善する可能性は低いとのことでした。
7月8日(木曜日)
朝から脳外科の先生からIC。午後に血管造影検査をすることになりました。
右手の橈骨動脈からカテーテルを挿入、心臓まで到達させた上で造影剤を投入、撮影するものです。
検査の時に言語の指示があるのだけど、僕は耳が聞こえないので、体を、ポンポンと叩くことで打ち合わせ。実際それで問題なく行われました。
まず部分麻酔の注射をして、右手首からカテーテルを挿入。それほど痛みを感じませんでした。
7月9日(木曜日)
昨日の血管造影検査の結果を受けて、造影剤を使ったMRIが施行されました。MRIは慣れたものです。
病棟での安静度はベッド上のみ。トイレには行けず、排尿は尿器を使いました。横になったままの排尿のなんと大変なことか!
7月10日(金曜日)
午前中はリハビリを3部門。OTはなぜかベッドで行うエルゴをやりました。5分間✖️2セット。負荷は少ないけど、疲れました。両側の小脳の梗塞があると体幹への影響もあるのでしょうか、上半身が揺れてしまうため介助をしてもらいました。
めまいもあって動きたくないけど、リハビリがあると強制的に動くことになります。ある意味、それがいいのかもしれません。
午後からペットCT検査。脳梗塞の原因が自己免疫異常による血管炎の可能性を、探るためのものらしい。検査自体は患者に負担がかかるものではないけど、度重なる検査で疲労困憊。

7月11日(土曜日)
ご飯は完食。
今日もステロイドパルスを実施。
安静度も上って、離床開始。今日からPTで歩行訓練を開始となりました。点滴台と歩行器を使って10メートル程度。歩行器の方が左右への動揺が少なく安定するもんです。
今日からトイレ見守りとなりました。このことは精神的に救いとなりました。トイレに行けるのは本当に大事!
7月12日(日曜日)
今日もステロイドパルス治療。
PTでは今日歩行訓練。学生さんからバランス訓練を、OTでは立位バランス訓練(輪投げ)をやりました。
朝には、洗濯を手を使ってやってみました。バックパッカー歴のある自分にとってはお手のもの。疲れたけど、充実感がありました。
7月13日(月曜日)
朝からMRI検査。
左耳からMRIの騒音が聴こえる気がしました。
技師さんにこの前と同じ検査かと尋ねると、そうだとの返事。
やった少し耳が改善したと喜んだのも束の間。「この装置がパワーアップした」とのこと。ガッカリ。
その後院内の図書室に連れて行ってもらうと、急にめまいと吐き気を催し、嘔吐してしまいました。まあ、小脳や前庭に問題があるから当然のことだけど。
午後からはシャワーを浴びました。生き返ったとはこのこと。気分はスッキリしました。
7月14日(火曜日)
PTは代行の人。TUGという歩行の評価を実施。約10秒。カットオフの13秒以内であり、病棟内杖歩行が自立になりました。
その後はOT。上肢機能評価(STEF)を実施。健側ではない右側と比較しても、左側上肢には失調があって機能はやや劣るとのこと。だとしても『だから何?』という気持ちが先に立ちました。
手に関してはそんなに困っていません。検査が必要なのは理解はできるけど、検査ののための検査なんてやってほしくはないと、改めて思いました。
7月15日(水曜日)
朝からSCU内の廊下を5往復✖️2セット。杖にも慣れてきたけど、まだふらつきます。
その後は脊髄のMRI検査。約40分間。結構長くかかりました。
ステロイドパルスは2クール目が開始となりました。
治療終了まで点滴の針が持ってくれると願うのみ。
7月17日(金曜日)
CT撮影。
7月16日(木曜日)
深夜トイレに起きたら眩暈が生じて数回嘔吐しました。
ベッドに戻り朝まで熟睡。トイレにいったらまた嘔吐。なんでこんなに吐けるものがあるのか不思議。
ナースコールを押してまたベッド戻ったが、バイタル測定でまた吐いてしまう。
プリンプランの点滴を実施。
しその後しばらく横になったが便意をもよおしトイレに座ると腹圧がかかったのか、またまた嘔吐。内服の掃き止めを追加してもらいました。
リハビリは休みにしてもらいました。
このめまいと嘔気はなんだろう。もしかして、内耳が更に悪化していることか。今、トイレの水流音は金属音としてわずかに聞こえたが、それも聞こえなくなるかもしれない。不安が高まりました。
主治医からIC。職場と連絡をとったとのこと。リハスタッフとも会議をもちたいとのこと。
今は復職なんてことを考えられません。
7月18日(土曜日)
朝から吐き気止め。とんぷくだったけど、毎食前になった。まあ、その方が安心。
起きるとめまいがするから動きたくない。リハビリがあるから無理に動く。
耳の閉塞感が増しているような気がしました。
めまいや吐き気は続いていて、食事を摂取できません。この歳でメイバランス(栄養補助食品)のお世話になるとは思っていませんでした。
『無理をしなくて良いです。』といろんな人から言われるけど、どのくらいが無理か分かりません。その基準は?あるスタッフからは後に疲れが残らないくらいと言われるけど、そもそも動きたくない。でもそうしたら、ずっと寝たきりになってしまう。難しい。ほんと。
7月19日(日曜日)
巷では今日から3連休。主治医もおやすみ。
今日は発症から2週間経過。
SCUには2週間以上いることは不可能であるため、一般病棟に移動になりました。
看護師の体制緩やかになり、SCUのような手厚い看護は受けられなくなりました。(またその必要もない)
ただせっかく慣れた看護師さんともお別れ。全て初対面で自分の症状を1から説明しなければなりません。
でもこれが社会なのだろう。周りが理解してくれるだろうという甘えから、自ら状態を開示する姿勢が必要になる。苦痛を伴うことだけど、社会復帰には必要な過程なのだろう。
そういう意味でも、一般病棟に移ったのは良いタイミングだったと思いました。
7月20日(月曜日)
今日はリハビリ2つのみ。
あまり意欲が湧かない患者を見かねたのか、ある代行セラピストからの一言。
『何か悩み事がありますか』
絶句。悩みがないわけねーだろと憤りを感じました。失調でフラフラ。めまいのため食事も取れず。しかも両耳が聞こえない・・・。それを知った上での一言なのだろうか。
怒りも込み上げてきましたが、それ以上に唖然。
多分悪気はないのだろうけど、そういったことを言うのが医療側のルーチンになっているのだろう。
そう思った後で、著しい自己嫌悪になりました。
7月21日(火曜日)
造影MRI検査 画像は特に変わりなく、かと言って、血管炎とも言えず。
悩ましいところです。ステイド治療は続けて効果を見るということです。
ただ血液サラサラの薬を併用することで、たとえ効果が見られたとしても、どちらが効いたのか分かりずらいのが難点です。かと言ってやらないわけにもいきません。
午後眼科受診。
視力はレンズを使って1.2。眼圧は10以上の基準値内で、問題はないとのことでした。 耳が聞こえなくなって、その上眼が見えなったらと心配していましたが、ほっとしました。
PTでは外の空気を吸いに建物の外に出てみました。短い時間でしたが、担当PTさんのそのような配慮を嬉しく感じました。それにしても外は暑かった。けどそれを上回る爽快感でした。
7月22日(水曜日)
本日から、ステロイドを内服に切り替えることになりました。60mg。これから1週間ごとに徐々に減らしていくことになりそうです。
午前中に歯科受診。ステロイドを長期間内服していると、骨が脆弱になるため、その予防も兼ねての受診でした。特に問題はないとのこと。
OTでは座布団の上げ下げ。5キロの錘の移動練習。床からの立ち上がりも問題を感じませんでした。
PTでは杖なし歩行で隣の病棟まで。やっと病棟内で杖なし歩行がフリーになりました。
7月23日(木曜日)
午前中はリハビリが2つ。OTでは配膳訓練。PTでは屋外歩行練習(院内ですが)を行いました。
院外の敷地は舗装されていると言ってもかなりのデコボコ道。転びはしませんでしたが、難関でした。
午後は骨密度の検査。ステロイドを多量に飲んでいると、骨が弱くなるということでの検査でした。
結果はというと、腰椎は0.891(89%)、大腿骨頸部は0.759(103%)でした。同年との比較はまあまあ。若い人に比較では若干の低下が見られるとのことでした。まあ、今後ステロイドの影響でどうなるか、、、ですね。
その後にソーシャルワーカーとの面談。市の障害福祉課の相談・支援担当の方の連絡先を教えてもらいました。
そのほか、障害者総合相談支援センターとも連絡をとってくれるとのこと。助かります。
7月24日(金曜日)
午前中はリハビリを2部門。
PTでは屋外歩行。病院の建物の周囲ですが、アスファルトであってもかなり凸凹があり戸惑いました。視覚で確認をしても足底が地面に着いてからその凹凸に気がつくのです。あと気がついたのは、歩きながら首の向きを変えるとめまいが起きるということ。角を曲がる時は、一旦立ち止まって方向転換をする必要がありました。
OTでは家事動作訓練。お風呂の掃除や、床をホウキで掃く練習でした。家ではシャワーになると思うのですが、動作自体は困難を感じませんでした。
その後に主治医から、結核の予防薬について話がありました。僕は以前インドの結核患者の施設でボランティアをしていた関係もありQFT検査が陽性で、今後ステロイド治療が続くのであれば、再度予防薬の投与が必要か否かの話だったのですが、呼吸器科の医師とも相談した結果、必要はないとのことでした。
午後はシャワー浴。空きがあれば毎日入れるのは嬉しい。
7月25日(土曜日)
朝起きて、病院の窓から見えるゴミ処理業者の車。外では、今までと同じ日常が繰り広げられていることに、何故が安心しました。
リハビリは2部門。OTでは立位バランス練習。PTでは頸部を左右に回旋、または屈伸しながら歩行の練習。やはり頸部をあえて動かすと、めまいが生じて歩行は乱れました。
あえて歩きながら頭を動かすことで、「頭が動いても視界をブレさせない仕組み」を脳と目にもう一度学習し直させるということらしいです。
でも前庭の機能を損傷している私にそれが有効かどかは疑問です。
また小脳の「適応能力(再学習)」を鍛えるという練習でもあります。これはなんとなくわかるけど、実際に脳にそんな機能が備わっているかもわかりません。
自覚的には、練習後に歩行が改善したという感じはしませんが。
7月26日(日曜日)
昨日は遠くから元同僚がお見舞いに来てくれました。短い時間でしたが、いろんな話ができて嬉しかったです。反面、周囲の人たちはどんどん前に進んでいるのに、全く停滞している自分に焦りを感じました。とりあえず今は治療に専念するべきだなのはわかっていますが、気持ちはどうすることもできないのです。
朝起きて、病室の窓が外を見ると、ジョギングしている若者の姿。こういうのはすごく良い。
PTでは屋外に出て、軽くジョグギングをしました。軽やかとはいかず、べったんべったんよたよたしながら病院を1周しました。途中で車が横切るのを確認できないのは怖い。音が聞こえないことの障害を改めて感じました。
7月27日(月曜日)
OTでは2キロの錘を持って、1階のリハ室まで歩行。腕を振って歩くと上体が前後に揺れるけど、制御はできています。廊下の角を曲がる時に、首を回旋させると「なんだかふわ〜した感じ」に襲われます。
PTではバランスボードの上でキャッチボール。ボールが速いので、それに対応するのは難しかったです。
それから、スキップはやはり難しい。左下肢での支持性が低下していて、ジャンプすることはまだできません。
7月28日(火曜日)
今日から朝の採血は終了。お昼前と夕飯前に2回になりました。今まで嘔気のため十分に食事量を確保できなかったため栄養補助飲料(メイバランス)を毎食提供されていましたが、それも中止に。メイバランスは好きだっただけに、ちょっと残念です。
OTでは、座布団の上を歩くといバランス訓練、膝立ちでのキャッチボール、PTではバランスボードの上で片足立ち練習を行いました。左の足関節がグラグラで全く制御できませんでした。右と左でこうも違うものかと驚きました。
7月29日(水曜日)
午前中はリハビリで外訓練を約2時間。セラピストが2人の付き添いのもと、病院から自宅まで歩きました。途中に郵便局や公民館に寄ったり、自宅では部屋の換気や郵便物の確認などを行いました。前を向いて歩いている時は、特に大きな問題はなかったのですが、歩き始めなど車の確認は不十分と指摘されました。振り返り動作の際に、首を回旋さえるとめまいを起こすため、無意識に避けているようです。例え信号がある場所でも、左折する車の確認は必要ですね。訓練中は緊張をしていたためか、病院についてから疲れがどっと出ました。
7月30日(木曜日)
ステロイドを大量に内服しているので、毎回血糖値を測っていましたが、本日から測定がなくなりました。ただ指にチクンを針を刺すだけのことですが、血液サラサラの薬を使っているために、指全体に内出血することもあるで、ちょっと嫌だったのです。なくなったのは嬉しことでした。
PTではめまいのリハビリ。視線を動かさずにクビを上下左右にするといったものです。自分でも座った状態で自主トレとしてやっていましたが、歩きながらそれをやるのはやっぱりリハビリの時間しかできません。転倒が怖いですから。
また前回の外出訓練の時に、後ろを振り返ることが難しかったのですが、それを踏まえた練習も行いました。いろいろ考えて課題を出してくれることはありがたいことです。
OTではリハ室に行って、床上バランス訓練や座布団の上を歩くなどの応用歩行練習。
難聴者向けに作ったカードにラミネートをしてくれました。そういう心遣いに感謝です。
7月31日(金曜日)
午前中にMRI撮影。新たな梗塞がないかな確認、医師から何も言われないから大丈夫なのでしょう。
その後、リハビリを2つ。PTでは視線を動かさないで、首だけ左右に動かすトレーニングを中心に実施。
多分VORトレーニングです。前庭と目の連携がうまくいかないことを改善するためにやっていると思うけど、初期には気持ちが悪くなって全くできませんでした。今では座ってならできます。歩行中にそれをやると転びます。
8月1日(土曜日)
とうとう8月になってしまいました。
同室者が退院となって、4人部屋に一人っきり。まあ、耳が聞こえないから同じようなものだけど。
改めて思うのは、音のない世界は孤独ということ。話ができなくても、人の気配があるだけで、心が休まっていたのだと実感しました。
8月2日(日曜日)
8月に入って、高額医療費の上限が一部段階的に上がるそうです。医療を長期に受ける人にとっては本当に大変なことです。できれば7月中に退院したかったのですが、まだステロイドの量を減らせないので、もう少し辛抱します。
この前から、空いた時間に「指文字の教材」を作っています。私は脳の障害のために覚えるのが苦手なのですが、今後に備えでせめて指文字くらいを覚えようという試みです。私はイラストを描くのを趣味にしていますが、自分で絵を描いて教材にした方が覚えるのも容易になるかな・・と思って。まだ一文字「あ」の途中です。先は長いですが、何かしていないと落ち着きません。
8月3日(月曜日)
今日は午前様に社会福祉支援団体の方と面談をしました。今後はメールでやりとりをしながら相談することに。障害者年金は発症から1年半後、障害者手帳も同じ。それまでは貯蓄で食い繋いでいくしかありません。
もう少し体調が落ち着いたら、支援団体がやってる作業所で研修を受ける予定。中途障害を持った者がどのように社会と関わっていったら良いのか学ぶつもりです。
リハビリは一部休ませてもらいました。今回の入院でもリハビリについていろいろ考えされることが多かった。本当に患者が必要とするものを提供できているのか、自分自身の問題として自問自答しました。そういう意味では、良い体験だったと思います。まあ、私にはそのような機会は与えらないと思いますが。
8月4日(火曜日)
いよいよ退院になりました。まずは在宅の生活を安定させて、今後のことを考えていきたいと思います。先はまだまだ長い。
おわりに
これが今のところの経過です。ただのメモ書き(備忘録)なので、読むに耐えないと思います。
追加
難聴は続いており、全く音が聞き取れません。
静寂の中にいるような感じで、これほど孤独感じることはありません。(人の気配を全く感じないし)
全く会話でのコミュニケーションが取れないため、ホワイトボードでの筆談か、スマホのアプリでコミュニケーションをとっています。
また、イラストを描いてみました。(何かしていないと落ち着かないのです)
必要な人にお使いください。



これからは、経過を追加しながら、過去のお蔵入りの記事をポツポツと配信していくつもりです。
私自身の体調の変化についても時々報告したいと考えています。
よろしくお願いします。
〈スポンサーリンク〉