「祈る」という仕事。

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僕は仕事柄、病気で終末期の方にお会いすることがあります。

一概にリハビリといっても、

骨折や脳卒中などで、仕事復帰や在宅復帰のためにバリバリ行うものもあれば、

ガン患者で終末期の方に緩和的な意味合いでマッサージなどの介入することもあります。

平成22年に「がんのリハビリテーション」が診療報酬上認められてから、

そういった終末期の方々のリハビリやケアが注目されるようになりました。

僕も病院で研修に行かせてもらって、がんのリハビリテーションを行う資格を得ることができました。

終末期の患者さんの対応には、心が折れるようなこともありますが、

日々勉強させてもらいながら、なんとか対応しています。

 

終末期の患者さんの対応

ところで、終末期を過ごされている方々は、

残された日々を淡々と生活する人もいれば、

残された時間で何ができるだろうと葛藤される方、

絶望感から立ち止まってしまう方など様々いらっしゃいます。

そうした方々が「もうダメだ。もう何もできない」と訴えられる場面を見ることもあります。

実際には「何もできない」ことはなく、できることはたくさんある場合も多いのですが、

その訴えは、病状から来る絶望感からの発言であることが多いように思います。

しかしときどき、本当に何もできないくらいに病状が悪化している人もいます。

その人から「何もできない。悔しい。」と言われると、

思わず返す言葉が無くなってしまいます。

半ば苦し紛れに、

「あなたの存在が、家族にとっては大切なんです。だから何もできなくともいいんですよ。ただ存在してくれればいいんだと思います。」

なんて歯の浮いた台詞を言ってしまいます。

僕にとっては本心からの言葉ではあるものの、

絶望の淵きにいる人にとっては、空虚に響くことでしょう。

 

祈ることが仕事のシスターの話

そういう時に、僕はインドで会った、あるシスターのことを思い出します。

彼女は病床に伏していて、すべのことを介助されて生きていました。

そのシスターに任された仕事は、祈ることなのです。

祈ることを仕事とするシスターが存在することは、

本か何かの情報で知っていましたが、

実際に存在していることを知って、感銘を受けました。

他のシスター達がミサの準備をしたり、患者に手当てをしたり、掃除をしたりするのと同等に、

彼女にとっては祈ることが仕事。

もちろんキリスト教徒にとって、神に祈ることは大切な仕事であるからということもありますが。

シスター達からも一目置かれる存在だったようです。

 

最期の最期まで、できることとは‥

祈ることは、最期までできる

病床に伏して、何もできなくとも心で祈ることは最後までできる。

人のために祈ることは、尊いことだと思います。

このことは、病床に伏している多くの人に救いになると思います。

もちろんそれを強要することはできませんが。

そういうシスターの存在は少なくとも僕にとっては、頼もしいものでした。

どんな状況であっても、最後まで人のために何かできるという意味で。

 

参考になれたら幸いです。

 

※ちなみに僕は特定の宗教に属しているわけではありません。

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