療育第5回 じゃあ、どう関わるか― 重症児の「表現」を支えるための視点 ―

療育第5回 じゃあ、どう関わるか― 重症児の「表現」を支えるための視点 ―

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シリーズ療育 第5回

じゃあ、どう関わるか― 重症児の「表現」を支えるための視点 ―

ここまで、

  • 表現とは何か
  • 支援と代弁のあいだ
  • 作品にする意味

について考えてきました。

では実際の現場で、

私たちはどう関わればいいのでしょうか。

はっきりとした正解はありません。

それでも、いくつかの「よりどころ」は持てる気がします。

 

■ 「引き出す」から「気づく」へ

私たちはつい、

  • 表現を引き出そう
  • 何かさせよう

と考えがちです。

もちろんそれも大切ですが、もう一つの視点として

すでに起きているものに気づく

という関わりがあります。

  • ほんのわずかな動き
  • 一瞬の視線
  • 呼吸や緊張の変化

それらを、

「何も起きていない」とせずに受け取る

 

 

■ 「最小限の介入」という考え方

支援は必要です。

ただ、そのについては考える余地があります。

できるだけ少ない介入で、どこまで関われるか

  • 手を添える強さ
  • 動きを導く量
  • タイミング

ほんの少し介入を減らすだけで、

本人の動きが見えてくることもあります。

 

 

■ 「意味づけ」を急がない

私たちはつい、

  • これはこういう意味だろう
  • こう感じているはずだ

と考えてしまいます。

でも、

あえて意味づけを急がない

という姿勢も大切です。

  • そのまま受け取る
  • 決めつけない
  • 保留する

曖昧さをそのまま持つことは、少し難しいですが、

それ自体が尊重になることもあります。

 

■ 「共同制作」という考え方

どうしても関わりが必要な場面では、

こんな捉え方もできます。

これは本人と支援者の“共同制作”である

  • 本人の反応
  • 支援者の関わり

その両方が合わさってできたもの。

そう考えることで、

  • 無理に「本人だけの作品」にしなくてよい
  • 支援の意味も正当に扱える

 

■ 「過程」を大切にする

第4回でも触れましたが、

やはり重要なのはここです。

完成よりも“過程“を見る

  • どんな関わりだったか
  • どんな反応があったか
  • どんな時間だったか

それを大切にすることで、

表現の本質が見えてくる

■ 小さな指針として

まとめると、現場での関わりの視点は

  • 気づく
  • 介入を最小限にする
  • 意味づけを急がない
  • 共同制作として捉える
  • 過程を大切にする

どれもシンプルですが、実際にはとても奥深いものです。

 

■ 次回予告

次回はいよいよまとめとして、

「療育は“何を作る仕事”なのか」

について考えてみます。

作品なのか、能力なのか、関係性なのか。

このシリーズの問いを、ひとつの形にしてみます。

 

 

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