医療現場で必要なものは?「シンパシー」Or「エンパシー」?

医療現場で必要なものは?「シンパシー」Or「エンパシー」?

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医療現場で必要なものは?「シンパシー」Or「エンパシー」?

 

医療現場で働いていると、

「寄り添う」という言葉を、何度も耳にします。

寄り添うこと。

優しくすること。

患者さんの気持ちを考えること。

どれも間違いではありません。

けれど時々、その“優しさ”が、少しだけ重たく感じる瞬間があります。

 

エンパシーという言葉を知ったとき

ブレイディみかこさんの著書で、

イギリスでは学校教育の中で「エンパシー」を学ぶと知ったとき、

私は少し意外な気持ちになりました。

エンパシー

日本語では「共感」と訳されることが多い言葉ですが、残念ながら僕は習った記憶がありません。

学生時代、英語の授業で習ったのは

シンパシー(sympathy)=同情

という単語でした。

でも医療の現場で働くようになってから、

「同情」はときに危ういものになる、

そんな感覚を持つようになりました。

 

同情が、距離を歪めてしまうとき

患者さんのつらさに心を動かされるのは、人として自然なことです。

「かわいそうだな」

「自分だったら耐えられないな」

そう感じる瞬間は、誰にでもあります。

けれど、その気持ちが前に出すぎると、

いつの間にか立場が逆転してしまうことがあります。

患者さんが「支えられる存在」になり、

医療者が「支える側」になる。

その構図は、一見すると優しさに満ちていますが、

同時に、患者さんから選ぶ力や決める力を奪ってしまうこともあります。

 

エンパシーは「わかろうとする姿勢」

エンパシーは、

相手と同じ気持ちになることではありません。

「わかる、わかる」と頷くことでも、

自分の経験を重ねることでもありません。

むしろ、

「自分には完全には分からないけれど、それでも理解しようとする」

その姿勢そのものが、エンパシーなのだと思います。

そこには、

自分と相手の間に、きちんと境界線があります。

エンパシーとシンパシーの違い

ここで一旦まとめておきますね。

医療者がまず整理しておきたいのは、

エンパシーとシンパシーは別物であるという点です。

・シンパシー(sympathy)

  • 同情、かわいそうという感情
  • 相手のつらさに感情的に巻き込まれやすい
  • 無意識に「助ける側/助けられる側」という構図を作りやすい

善意から生まれるものですが、

医療現場では判断を鈍らせたり、患者さんの主体性を奪ってしまうことがあります。

・エンパシー(empathy)

  • 相手の立場・背景・感情を理解しようとする姿勢
  • 同じ感情になることではない
  • 自分と相手の境界を保ったまま関わる

エンパシーは「感情移入」ではなく、理解しようとする態度そのものです。

ブレイディーみかこさんの著書『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の中では、他者の立ち場に立ってみる事という意味でエンパシーは「自分で誰かの靴を履いてみること」と表現しています。

よく分かる例えですね。

 

リハビリ室で起こる、よくある場面

たとえば、リハビリに消極的な患者さん。

「今日はやりたくない」

「もう疲れた」

そんな言葉を聞くと、

「無理しなくていいですよ」と言いたくなります。

それは間違いではありません。

でも、その一言で終わらせてしまうと、

どこかに引っかかりが残ることがあります。

エンパシーは、

その言葉の奥にあるものに、そっと目を向けます。

「体がしんどいのか」

「先が見えなくて不安なのか」

「自分だけ取り残されたように感じているのか」

答えは、すぐには出ません。

だからこそ、急がず、決めつけず、一緒に考える。

その時間そのものが、

リハビリの一部なのかもしれません。

 

感情に巻き込まれない、という優しさ

エンパシーは、感情に冷たい態度ではありません。

むしろ逆で、

感情を大切に扱うために、距離を保つという選択です。

  • 近づきすぎない
  • 離れすぎない
  • 抱え込まない

この距離感は、

経験を重ねるほど難しくなり、

同時に、少しずつ身についていくものでもあります。

 

例えば、これは近づき過ぎ。

このくらいがちょうど良い。

医療者として、相手を一人の主体として見る

エンパシーのある関わりは、

患者さんを「かわいそうな人」にしません。

うまくいかない日があっても、

感情が揺れる日があっても、

その人を一人の主体として扱い続ける。

それは、とても地味で、成果が見えにくい関わりです。

けれど振り返ったとき、

「この人は、ちゃんと自分の足で選んでいた」

そう思える関係性が残ります。

 

エンパシーは、磨かれていくもの

エンパシーは、生まれ持った性格ではありません。

失敗したり、迷ったり、

「これは同情だったかもしれない」と立ち止まったりしながら、

少しずつ形になっていくものです。

医療現場で働くということは、

技術や知識だけでなく、

人との距離を学び続けることなのかもしれません。

今日の関わりを、

ほんの少しだけ振り返る。

それだけで、エンパシーは育っていく気がします。

 

長文、読んでいただき、ありがとうございました。

 

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