病気になって「セラピストガチャ』について考えてみた

病気になって「セラピストガチャ』について考えてみた

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一時期流行った言葉、『親ガチャ』とは

一時期『親ガチャ』という言葉が流行しました。

大まかな意味としては、本人の素質や努力で将来が決まるのではなく、親や家庭環境によってほぼ決まってしまうことを、ガチャガチャ(カプセルトイ)に例えて比喩的に表現したものです。

僕はこの表現は好きではありません。自分の人生をそんなものに決められてたまるか!とも思います。

しかし現実には、ガチャはあからさまに存在するものです。

例えば東京大学に過酷な入試を勝ち抜いた人の多くは、本人の努力もありますが、小さい頃から進学塾に通える環境にあった恵まれた人達です。

僕が以前勤めたいた病院でも、医師のほとんどは医師の家庭の出身者でした。

もちろんご本人の能力が高く努力して医学部に入学して医師になったのでしょうが、その育った環境が影響していることは間違いがありません。

そもそも、スタートラインからして違うのです。

親ガチャというのは、その恵まれた環境を自ら選んだんではなく、たまたま運良く獲得したに過ぎないことを、またその反対のケース、不運にもその機会を得られなかったことがあることを表しています。

運に左右されるということです。

 

『ガチャ』はセラピストにもあるだろうか

話は変わって、今度は『セラピストガチャ』について考えてみます。

理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などのセラピストは3〜4年の養成校や大学を卒業して、国家資格を取得します。

そこで一定の医学やリハビリテーションの知識はあるものと認定されます。

国試の最高点でも、ギリギリの点でも、受かってしまえば、セラピスト認定です。

その後は各病院や施設などに就職して、晴れてセラピストとして働きます。

最初は先輩セラピストの指導のもと患者さんを担当し、徐々に独り立ちしていきます。

病院内で研修会に参加したり、独自に専門療法士の試験を受けたりして自分の知識や技術を向上していきます。

一方、国家資格を取得したことにあぐらをかいて、自分磨きをしない人もいます。

一般の流れは以上の通りですが、その状況は様々です。

病院によっては、その知識・技術を均一化して患者さんにリハビリを提供しようとする試みも見られますが、現実は1年目のセラピストと10年目のセラピストには明確な力量差があります。

ただ、経験年数がよく言われますが、年数を重ねれば力量があるというわけではありません。

どれだけ真摯に患者に向き合ったかが重要です。

 

もちろんリハビリによって患者さんの予後が大きく変わることはありませんが、微妙なラインいる患者さんはセラピストの介入によって大きく予後が変わってしまう場合もありえます。

例えば脳画像を見て、これ以上の回復は見込めないとベッド上で拘縮予防をやっていた脳卒中の患者さんが、担当が変わって少しずつ離床を進めた結果、介助で車椅子乗車して食事を開始した例もあります。

担当者が変わったことで、寝たきりだった患者が歩けるようになったというような劇的な変化は多くはありませんが、アプローチによってはその患者さんの生活が大きく変わることは多いにあるのです。

病院では患者はセラピストを選べない

病院のリハビリでは患者はセラピストを選ぶことはできません。

セラピストの力量や得意分野などが考慮されることも稀にありますが、基本的にはその時のセラピストの担当患者数などを考慮して、機械的に振り分けられるものです。

これはまさに『セラピストガチャ』と言ってもいいでしょう。

病院にとっては新人が担当しても、ベテランが担当しても診療報酬上は同じなので、気にしません。

しかし患者さん側にしてみたら、どうでしょう?

新人に担当してもらうより、ベテランに担当してもらいたいという気持ちも少なからずあると思います。

また常に勉強を怠らずに、真摯に向き合ってくれるスタッフに担当してもらいたいものです。

『ガチャで自分の将来が決められてしまってはたまらない』と思う気持ちも当然です。

僕自身も何度か病気になって、そう感じました。

ただセラピストとしての今の自分を振り返ると、その言葉は真っ直ぐに自分自身に刺さってきます。

 

僕は『ガチャ』においてはハズレだろう

僕は何度も病気をして、セラピストとしての能力は普通以下になってしまいました。

それ故、主に慢性期や維持期の拘縮予防目的のリスクの少ない患者さんを主に担当しています。

予後に大きな変化が生じることはないと思います。

それでも、僕が担当することに負い目を感じています。

『僕が担当ではない方が良いのではないか』

『他のセラピストが関われば、違う結果になったのではないか』

と、常に思っています。

病気を経験して、少しは患者側の気持ちを理解できたので、そのことを患者さんとの関わりの中で活かしたいと考えていました。

大病をして倒れても、ただでは起き上がられないぞ、という気概のようなものです。

 

でも多分それは甘い考えでした。そんなに簡単ではありませんでした。

知識・技術と気持ちは両輪。どちらが欠けてもうまく走れません。

気持ちだけ先行しても空回りするだけです。

なかなか答えは出ませんが、残り少ない時間で、少しでも他のスタッフに必死で追いつきたいと思います。

『ガチャ』のない世界に

先に述べたように「ガチャで自分の将来が決められてはたまらない」

これは患者さんが皆思うことです。

自費診療分野ではセラピストを選べるようになっているので、病院でもそんなに遠くない未来にそうなるかもしれません。

でもその前に、誰でも均一のリハビリが受けられるような体制なるように努力をしていきたいと思います

 

 

ありがとうございました。

 

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