医療スタッフは患者に選択肢を提示できているか?

医療スタッフは患者に選択肢を提示できているか?

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人生は選択の連続

人生は選択の連続です。

受験や就職、結婚や出産など大きなものもあれば、『今日のランチは何を食べようかな』とか、『明日のデートは何を着て行こうかな』のように小さな選択もあります。

私たちはそのような大小さまざまな選択を繰り返しています。

生きていくと言うことは、取りも直さず選択をし続けると言うことに他なりません。

皆さんの中には『そんな面倒臭いことはやりたくない、そんな小さいことは誰かに任せてしまえばいい。選択肢なんて少ない方が楽だ』と言う人もいるでしょう。

確かに、毎日全部を選ぶということは面倒くさくなって、その選べるというありがたさをついつい忘れがちになるのかもしれません。

でも同じ選択をしたとしても、たくさんの中から選んだのか、そもそも選択肢がなかったのかによって、少し意味が変わってきます。

選択の大切さをわかっている人ももちろんいますが、分かっていない人もたくさんいそうです(価値観かもしれませんが)。

例えばALSなど進行性の病気の場合、筋力が低下していき、それに伴い自分でできることが少なくなっていきます。

認知機能は保たれていますが、運動機能が低下してしまうため、必然的に選択肢も少なくなってしまいます。

限られた選択肢を受け入れざるを得ないという場面が多いと思います。

金銭的に恵まれていてさまざまなサポートを受けられる人や家族のサポートがあって在宅生活できる人はまだ良いですが、病院や施設など限られたサポートでの生活は、我慢を強いられることでしょう。

本人の意思通りに進むことは、ほとんどないでしょう。

選択は人生を自分自身の意思でコントロールすることに他ならないと思いますが、それが制限された状態は拷問に等しいでしょう。

選択する権利をを手放すことをさせてはいないと思います。

このことはALSで呼吸器を装着しながら国会議員となった舩後靖彦さんのこと考えると、特にそう思います。

彼は42歳でALSと診断されて、勤めていた会社を退社。

その後、介護関連事業会社の副社長に就任した後にれいわ新選組から立候補し見事に国会議員となったのです。

障害者が地域で当たり前に暮らすために基盤整備に尽力した彼の華々しい活躍をご存知の方も多いと思います。

もちろん彼は特別な才能や人材や環境にも恵まれたのかもしれませんが、彼の活躍を考えると、他の当事者の方にも仮に同じような環境やサポートがあったとしたら‥と思わずにいられません。

言うのは簡単ですが、近い将来に多くの方に選択できる環境が整う様に努力したいと思います。

病院で働くスタッフの1人として、切実にそう思います。

 

追記

直接関係がない話ですが、以前「選択」について、こうおっしゃった方がいました。

「スティーブ・ジョブズや堀江貴文も服装を選ぶ時間や労力がもったいないから、同じ服装していた。選択が少ないことはある意味、効率的だ。」と。

確かにそういう側面があるかも知れませんが、でも、彼らが誰が強要されたわけでもなく、自分で選んだことなんですよね。

「選択」したことには変わりないのです。

先に述べたALSのケースとは異なります。

お間違えないように。

 

ありがとうございました。

 

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