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僕がセラピストだった時から、OT訓練を見ていて、気になったことがあります。
それは訓練で一度作ったもの(例えばパズルなど)を完成が後に、セラピストがバラバラに崩しまうってこと。
ペグボードやパズルも一度完成したら、すぐに壊して、次の訓練に移行している。
もちろん、絵画や陶芸、皮細工など、芸術的な作品を作成する場合にはそんなことは起こらないけれど、
多くは訓練用の既製品を使用して評価・治療に用いていて、それ自体を保存する意味はない。
パズルやペグボードは、その作成過程が訓練・評価になるし、保存することは通常しないのでしょう。
でも、何だか患者本人は虚しさを感じているではないかなあ…と想像していました。
今回、僕が患者になって感じたことは、その虚しいという感情がやっぱりあるということ。
やっとこさ完成したら、「はい、次にこれをやりましょう!」
バラバラバラ…。
もう壊しちゃうの?
まあ、このまま残してもかえって困ってしまうし、しょうがないことだけれど、何だか空虚に感じてしまいました。
一生懸命組み立てたものを、完成と同時にバラバラにする。その後に残る虚無感。侘しさ。
それは僕が今で創作活動をやってきたきた背景もあるかもしれません。
作ったものに、それが何であれ、「意味」や「思い」を感じるのです。
こんな話があります。
昔ナチスが捕虜に課した拷問に、石をある位置から別のところに運ばせて、その後に元の位置に戻させるということを行ったことがありました。
これを延々とやらせる。
石を運ぶという労働自体が肉体的に重労働で大変ということもさることながら、それを元に戻させることで、労働自体を無意味にさせるのです。
目的のない意味のない行為をさせることで、苦痛を与えるのです。
いわば精神的に負荷をかけて、追い詰めていくのです。
そのことを思いださせるのです。
この話は、今回の話と同じではありません。目的も全く違います。
リハビリの場合、元に戻すのも訓練の一環です。
でも…
作ったものを壊すことは、完成させた喜びを削ぐことになり、人のモチベションを低下させるのです。
いくら既製品だからと言って、完成後には達成感というか、いわゆる喜びを感じる。
やったという充実感を少しは感じるのけど、一瞬に壊されるのには喪失感のようなものを感じたのです。
これは、僕が少し神経質なのかなあ。
ちょっと飛躍し過ぎ?
でも、この話は、訓練のモチベーションの話に少しはつがならないかなあ?
なお、この話は今受けているリハビリに関することではないので、誤解されませんように。
読んでいただいて、ありがとうございました。
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