インド・カルカッタでのボランティアの話(マザーテレサの印象)

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もう25年以上前になりますが、

僕は過去に2年間ほど、インドのカルカッタ(今のコルカタ)でボランティアをやっていました。

それまでの経緯はいろいろあるので端折りますが。

僕が所属していたところは、ミッショナリー・オブ・チャリティーというキリスト教の団体でした。

マザーテレサの施設と言えばわかりやすいかもしれませんね。

その頃、マザーテレサは健在で、マザーハウスと呼ばれる本部で行われるミサに毎日参加していました。

べちゃと広がった足指にサンダルを履いて、ペタペタ歩きまわり、

ボランティアである私たちにも気さくに声をかけてくださる姿が印象的でした。

マザーと言えば、貧しい人に仕える献身的な姿から、慈愛をたたえる静かな人という印象をお持ちの方も多いかもしれませんが、

世界から集まる支援者の相手をしながら、シスターにテキパキと指示をする姿は、

やり手のビジネスウーマンという感じに見えました。(そんなに悪い意味ではないです)

 

ボランティアは毎朝ミサに参加した後に、様々な施設に分かれていくのですが、

僕が最初に配属されたのは、プレム・ダン(現地語で愛の贈り物という意味)という施設でした。

プレムダンはカルカッタのパークサーカス駅の近くにある施設で、

ある企業の使わなくなった建物をマザーテレサに寄付したものを

施設に改良したということでした。

そこには結核の患者さんが一番多く、知的障害身体障害を持った方々も収容されていました。

今では結核は治療法が確立されて、怖くない病気となりましたが、

インドで明日のご飯もままならない最下層う人達にとっては恐ろしい病気であることに変わりありません。

結核の治療には栄養休息の3つが十分に確保が大切ですが、

貧困層の人々にとっては、まず薬が買えない、

例え薬がもらえたとしても、食べるために働かなくてはならず休息することができない…

と、厳しい状況に身を置いています。

彼らにとって、1日に3回の食事と雨風をしのげる屋根があることは

何にも代えがたいことだと思います。

 

マザーテレサは、路上で行き倒れになっている貧困層の人々を、施設に連れて帰り、

食事や薬などを与えていました。

物理的なものに限らず、愛情を与えていたように見えました。

「この世で、神に愛されない人はいない」

「今まで愛された経験がない人たちもいます。最期に愛される体験をしてほしいのです。」

そう言いながら、シスターたちは息を引き取る人たちの手を最期まで握っていました。

マザーの行っていることは、単なる社会福祉活動慈善活動ではなく、

宗教活動だと言えると思います。

実際、貧しい人々に施しを与えながら、「彼らの中にキリストを見なさい」と言っていとことからもうかがえます。

活動のベースにはキリストのためにという思想があります。

でも信仰によって、差別をしているようには見えませんでした。

実際、信仰によって差別されることもなく、ヒンズー教徒やイスラム教徒も多くいましたから。

(これにも賛否両論あって、末期の人に改宗させているという非難も根強くありますが)

 

僕は当時若かったこともあって、

マザーに憧れながらも、その活動に対して、ちょっと斜めにみているところがありました。

当時インド政府が直接に貧困層に支援をしていないこと、

それを一宗教団体のマザーテレサが担っていることに疑問をもったりもしました。

マザーテレサが慈善活動を行っているから、政府は貧困政策を打ち出さないんだと。

まあ、情報不足や若さゆえの早とちりもあって、多少の反感も持ったりもしたのですが、

また具体的な話は別の機会に書きたいとおもいます。

 

プレムダンの活動についても、またの機会に。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

 

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