理学療法士が突発性難聴になって考えたこと(体験談)その1

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僕が突然突発性難聴を患って、しばらく経ちます。

今では、右耳は全く音をとらえることができません

日常生活や仕事にも支障をきたしていますが、

とりあえず今のところは首にもならないで、なんとか食いつないでいます。

発症して入院した当時、不安にかられて

ネットの記事をいろいろ読み漁ったことが思い出されます。

ネットの中の記事の内容はさまざまで、

基本的な医学情報を与えてくれる有益なものや、

人の苦しみにつけ込むようなエセ医学のようなものもありました。

「このセミナーを受ければ治る」っていうようなものね。

まさに玉石混交という状態でした。

その中でも、僕が一番助けられたのは、実際に同じ病気になった人の手記でした。

もちろん同じ病気といっても、

誰もが同じ経過を辿るわけではないことは、わかっていましたが、

回復した人の症状に自分を重ね合わせたりして一喜一憂したりしていました。

中には全く耳が聞こえなくなってしまった人の手記もあり、

自分の状態と似ていたことから落ち込みましたが、

それでもその人が会社に復帰し、大変な思いをしながらも

働けていることに安心したりもしました。

この病気は3分の1が完全に回復し

3分の1が完全回復には至らないものの改善し、

残り3分の1は重い障害を残すと言われています。

残念ながら、僕は残りの3分の1のグループに入ってしまったわけですが、

僕の経験が、これから同じ病気になった人の情報になればと思って書き留めることにしました。

少なくとも全く脚色をしていない(退屈とも言えますが)、本当の話です。

関心のない方にはどうでもいい情報だと思いますので、関心のある方のみ、お付き合いくだされば幸いです。

 

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さかのぼるは、2015年4月12日。

友人と近所の公園に花見に行った帰り、1人でとある書店で本を読んでいました。

その時、急に回転性のめまいが出現しました。

映画のシーンのように景色がぐるぐると回り、立っていることも困難となりました。

のちに「突発性難聴はいつ発症したか明確にわかる」ということを本で読みましたが、

まさにその通りでした。

「もしかして小脳梗塞?最近血圧高かったし‥」なんて考えながら、

でも何をしていいのかわからず、近くの椅子座りました。

5分経過してもめまいは一向に治まらず、

とりあえず店員に助けをかりようと歩いてみたけれど、ふらついてまともに歩けず、

近くの椅子に座り大声で店員を呼びました。

その時なぜか「水分を取らないで脳梗塞になった西城秀樹」のことが頭に浮かび、

とにかく水分を取らなくちゃと、店員に水を1杯持ってきてもらうよう頼みました。

しかし飲んでも一向にめまいは改善せず、

気持ち悪くなってその場で嘔吐を2回繰り返してしまいました。

(完全に初期対応が間違っていましたね‥)

 

その後、救急車が到着。

慣れている救急救命士に抱えられ、生まれて初めて救急車に乗りました。

車内でバイタルを測られ、いろんな質問をされたような気もしますが、

詳しくは覚えていません。

7時半頃、A病院に到着。

CTを撮影し、簡単な検査を行いましたが脳に異常は認められないようでした。

耳元で指をこするような検査もありましたが、

その時はまだ聴こえに問題はなかったようです。

結局、末梢性のめまいとのことでプリンペランの点滴を1本うち、

めまい止めの薬を処方され、開放されました。

ホッとしたものの、夜中の12時ごろに放りだされ、

仕方なく自分でタクシー呼び、アパートに帰宅しました。

ふらついて歩けないのに、入院できないんだぁ‥と心細く思ったことを思い出します。

 

翌日、4月13日は仕事を休み、 1日自宅で寝て過ごしましたが、状態は改善せず。

食べても飲んでも吐いてしまい、トイレに行くのがやっとの状態でした。

4月14日。

状態は全く改善しないため、自分が勤務している病院の耳鼻咽喉科の先生に電話をかけると、

「すぐに入院した方がいい」と言われ、タクシーで病院に向かいました。

タクシーに乗るのもやっとで、運転手に手伝ってもらいました。

病院に着くと、まずは外来で簡単な聴力検査を受けて、C病棟へ入院。

奥の209号の3ベッドに落ち着きました。もちろん絶食で点滴のみです。

4月15日は診察。

寝返りでさえ嘔気が生じ、寝て過ごしました。

前庭神経炎突発性難聴の可能性が高いと、ステロイドの点滴も始まりました。

4月16日。本格的な聴力検査を行いました。

やはり右耳の聴力はかなり落ちてる様子でした。

4月17日。 耳に冷水を入れて、眼振を見る検査(温度眼振検査)を行いました。

正常であれば、眼振が出現するところ、右耳では反応の低下がみられました。

午後に脳神経外科の医師にコンサルト。

来週にMRIを撮ることになりました。

4月18日。めまいはするものの、少し起きれるようになりました。

30分程度座位保持可能となり、点滴台を両手で保持し、

10m程度見守りで歩行可能になりました。

右耳に閉塞感が著明。自覚的には、右耳は左に比べ4分の1くらいの聴力でした。

高音は特に聴こえづらく、音が割れて聞こえました。

4月20日 。再度聴力検査。

医師より、右耳の聴力は僅かながら改善していると。眼振はまだみられていました。

立位で足踏み可能でしたが、閉眼ではふらついて困難な状態でした。

4月21日 MRI撮影。聴神経や小脳に異常はないようでした。

本当にほっとしました。

4月22日。医師から、突発性難聴の診断との話がありました。

聴力は明らかに低下しているが、補聴器を使うほどではないこと、

めまいやふらつきに関しては、徐々に改善していくだろうこと、

内耳がやられている分、視覚や深部感覚で代償が十分可能であること等が伝えられました。

4月24日。 まだふらつきがあり、杖がなければ歩けないものの、退院となりました。

上司の車で自宅まで送ってもらいました。

部屋まで戻ると、入院前に使った洗面器に吐いたゲロがカピカピに乾いていました。

臭いが無かったのが幸いでした。

それからしばらくは自宅待機。

近所のコンビニに歩いて行けるようになり、とりあえず生活はできるようになりました。

リハビリとして、散歩にも出かけるようにしました。

最初は平坦な道から。次第に河原や不整地も積極的に歩きました。

車の往来が多い道を歩くのは恐怖でした。

車の音が聞こえず、クラクションを鳴らされたことも数回ありました。

音が聞こえても、どこから聞こえているのか方向がわからないのです。

仕事はしばらく休むことになりました。

上司は病状を理解してくれ、2週間程度休んでいいよと言ってくれました。

結局、ゴールデン・ウィークを挟み、5月7日から出勤を始めました。

いきなりフルタイムの勤務でした。

医師からは、

突発性難聴は原因がよくわからないけど、他の耳鼻科の病気に比べ再発も少ない。

と言われていたし、

自分としても、働くことが精神的にも良いのだと考えていました。

他のスタッフに迷惑をかけていることが、逆にストレスに感じていましたから。

久々の仕事は楽しく、やっぱりこの仕事は楽しいなあと心から思えました。

職場の同僚も気を使ってくれ、良い仲間に恵まれたことを本当に感謝しました。

ただ仕事はやはり大変で、ふらつきながらなんとかやっていました。

 

5月18日。業務もかなり忙しく疲労困憊だったのですが、

夕方に医療安全の研修会があったので、参加しました。

グループワーク主体の研修会で、ワイワイガヤガヤと騒がしい環境の中で、

会話がほとんど聞き取れず、精神的な疲労もピークという感じでした。

めまいも少し感じましたが、その日はなんとか家に辿りつきました。

そして右耳の異常に気が付いたのです。

いつもヘッドフォンを着けて、聴こえの確認を毎日していたのですが、

右耳の聞こえが更に悪いのです。

ぞわぞわ背筋が寒くなる感覚と、「多分気のせいかな」と自分を落ち着かせる気持ちとがせめぎ合っていました。

心配になりながらも、「明日になれば、元に戻っているに違いない」と根拠のないことを考えながら、

その日はそのまま寝入ってしまいました。

これが更なる悲劇の始まりでした。

 

つづく。(つづきは→こちら

 

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