〈スポンサーリンク〉
障害と「卑屈さ」──ある患者さんから学んだこと
ある患者さんを担当したときのことです。
その方はいつも穏やかで、私たち医療スタッフの言葉に素直に従ってくださいました。
リハビリ中も「はい」と笑顔で返してくれるのですが、私はどうしても違和感を覚えていました。
なぜなら、その「はい」の裏に、本人の気持ちや意見がほとんど感じられなかったからです。
自分を押し殺して、ただ流されているように見えたのです。
もちろん、その方の生活は周囲の支えなしには成り立ちません。食事や着替え、移動など、多くをサポートに頼らざるを得ません。
だからこそ「迷惑をかけてはいけない」「感謝しなければ」という思いが強くなるのでしょう。
その結果、自己主張を控え、卑屈に見えてしまうのだと思います。
リハビリを続けながら、私は心のどこかで「仕方がないことなのかもしれない」と思う一方で、「いや、それは違うのではないか」とも感じていました。
卑屈さが生まれる背景
卑屈さが生まれる背景には、次のようなことが考えられます。
- 支援を受ける立場に固定されてしまう
- 「ありがとう」と同時に「すみません」が口癖になる
- 「お世話になる側」という力関係が続く
こうした状況が積み重なると、自己主張ができず、自尊心が少しずつ削られてしまいます。

卑屈さを和らげるために
解決の糸口は、必ずあります。
- できることに光を当てる
「ここまでは自分でできた」という体験を積み重ねること。小さな成功が自信につながります。 - 選択肢を委ねる
「これにしましょう」ではなく、「どちらがいいですか?」と問いかけるだけで、患者さんは主体性を取り戻します。 - 役割を持ってもらう
家庭や病棟での小さな役割であっても「自分が役に立っている」という感覚は、卑屈さをやわらげます。 - 支援者側のまなざしを変える
「助けてあげる」ではなく、「一緒にやっていく」。支援者がこの視点を持つだけで、相手の態度も変わっていきます。
おわりに
障害があるから卑屈になるのではありません。
卑屈さは「仕方のないこと」ではなく、環境や関わり方から生まれるものです。
障害を持つ人も、そうでない人も、同じように「自分らしく生きる権利」があります。
だからこそ、私たち支援者が“対等なまなざし”を持つことが、解決の第一歩になるのだと思います。
リハビリは身体を回復させるだけではなく、その人の尊厳を守る関わりでもあるのだと思います。
ありがとうございました。
〈スポンサーリンク〉